第4話 これから

「皆の気が立っているのは、クリスティン、君のせいだ」

「わたくし……」

「あの近侍が好きだと君は宣言しただろう。皆、冗談だと自らに言い聞かせているが、良い気分はしていない」


(やっぱり、わたくしのせいだったのね……)


 クリスティンは己の行動を悔いた。


「言わなければよかったですわ」

「フン。言ってしまったものはもう仕方ないだろうが。ま、君があの近侍を好きだと、オレは以前からなんとなくわかっていたがな」

「そうでしたの?」

「ああ」


 彼は足を高らかに組んだ。


「ちなみに君が誰を好きでも、オレは一度した求婚をひっこめる気はないぞ」

「え?」


 項垂れていたクリスティンがラムゼイのほうを見ると、彼は唇の端を上げた。


「アドレーとの婚約は流れた。諦める理由がない」

「何をおっしゃっているのですか? からかわないでくださいませ」


 ラムゼイは肩を竦める。


「からかってなどないが。君も、幾ら想い合っていても、使用人であるメルと最終的に結ばれることはないとわかっているだろう? 君たちには身分の違いがある。結ばれない」

 

 メルは生徒会メンバーの誰より身分が上だ。

 唯一アドレーは同じ立場だが、ギールッツ帝国はリューファス王国より大国である。

 

 いっそ話してしまいたい。

 だが帝国に戻らず、この国にこのままの状態でいるかもしれないし、身分は秘密にとメルに言われている。

 

 クリスティンの答えはすでに出ていた。

 メルや彼の両親、ルーカスのことを考えれば、やはり身分を戻すべきだ。

 しかし二年間は、と彼と決めた。


「アドレーも諦めておらず、君と婚約をしようと躍起だ」

「え……それは本当ですの?」

「本当だ」


(アドレー様、何を思ってまた……)

 

 クリスティンは頭痛がし、指でこめかみを押さえた。 

 ラムゼイは皮肉に唇を曲げる。 


「夜会の日、君のことを糾弾してきた男女がいただろう?」

「……ええ」

 

 ゲームと異なる人物であったが、断罪イベントは一応あった。

 あのときは肝を冷やした。


「彼らは牢に入れられ、退学となった。五体満足で出す必要はないとアドレーは言っていたな」


(!?)


 クリスティンは仰天する。


「お、お待ちください。それは一体どういうことです。初耳ですわ!」

「オレは今、はじめて君に話したからな。ちなみに、君の義兄スウィジンもアドレーと同意見だった。リーは自分が手を下すと、いきり立つし」

「それで、どうなったんですの……!?」


 クリスティンの顔が引きつれば、ラムゼイはふうと息を吐き出す。


「皆を落ち着かせるのは大変だったんだぞ。あんな小物に、わざわざ手を汚す必要などない。牢にぶちこまれた彼らは学園を去ったが、生きてはいる。大丈夫だ」


(大丈夫? 本当にっ?)


「アドレーは、手ぬるいと言っていた。あいつは、怒ると見境がなくなる」

 

 クリスティンはぞくりと寒気がし、思わず自分の両の腕を抱えた。

 アドレーは優しいだけの王子ではない。

 悪役令嬢を追い込んでいた、ゲームでの様子を思えば……非常に恐ろしいキャラなのである……!

 

 だから彼といると、クリスティンは怖い。

 この先のことを思えば、憂鬱だ。


(……これからどうなるの……)

 

 ゲームの強制力とでもいうべき断罪イベントは、あった。

 春を迎えれば平穏が手に入る、などとお気楽な夢をみている場合ではなかった。

 メルと甘く過ごせないと、悩んでいるときでは──。


(いえ……正直、それも悩み……!)


 初恋が実ったのに、すぐ傍にいるのに。

 もっと女性としての魅力をつけなくては……。

 と思うが、それ以上に気がかりなことがある。

 

 現在続編に突入しているのでは、という疑惑だ。

 

 よくよく思いおこしてみると……この乙女ゲー『恋と花冠の聖女』には関連ゲームが存在していたのだ!

 未プレイで、タイトルも覚えていないのだが、世界観が同じと謳っていた。

 

 ひょっとすると、それも関係してくるのでは……?


 自分は悪役令嬢。敵役である。

 関連ゲームで、その立場が好転するはずがないではないか。

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