第5話 許すまじ

 まあ、登場すらしていない可能性大だが……。

 何があるかわからないので、今も身体を鍛え、備えている。


「君は、本当にメルが好きなのか」

 

 ラムゼイに訊かれ、クリスティンは無言で返した。


(口は災いの元!)

 

 ラムゼイは横を向いて、溜息を零す。


「──休憩は終わりだ」


 魔術の勉強に戻り、陽が西に傾いて、クリスティンが礼をして退室しようとすると、ラムゼイが名を呼んだ。


「クリスティン」


 振り返ると、彼はこちらを見、鋭く忠告した。


「メルが好きなのが事実なのだとしても、もう誰にも口にするな。彼をこきつかいたくなるからな」

「……はい」


 クリスティンは寮へと帰りながら決意した。


 この気持ちは、もう決して誰にも言わない!


 いつもはメルが迎えに来てくれて、寮まで送ってくれるのだが、今日メルはスウィジンに呼び出され、また用を言いつけられていた。


(お兄様、本当、許すまじ……!)


 思いきり蹴り倒したい。

 現実的な解決法は、父に話して、兄を注意してもらうことだろうけれど。

 むしゃくしゃしながら寮への道を歩いていれば、前からルーカスがくるのがみえた。


「あ、ルーカス様」

 

 彼は生徒会で唯一、メルにつらく当たらない人物である。

 クリスティンのなかで、ルーカスの好感度は高い。

 メルの弟で味方だ。


「良かった。君に話があって」

「わたくしもですわ!」

「君の話を先に聞こう」


 彼は辺りを見回す。メルを捜しているのだろう。


「兄に用事を言いつけられていて。メルはいませんわ。そのことについてのご相談なんですの」

「座ろうか」

 

 二人は傍らのベンチに並んで掛けた。

 クリスティンはここのところ抱えている怒りを言葉にした。


「兄を含め、生徒会の皆が、メルに対して冷たいのですわ。ひどすぎます。どうしたらいいのか……」

「ああ……俺もそれは気になっていた。俺の話もそれに関係している」


 クリスティンはぱちぱちと瞬いた。


「ラムゼイから聞いた。クリスティン、君は、俺たちが帰国した際、気持ちを皆に伝えたらしいね」

「ええ」

「原因はたぶんそれだから、彼らの記憶を消そうと思う」

「え? 記憶を消す……?」


 どういうことだろうか?


「俺の幼馴染で、一つ上のハトコが、帝国から近々やってくるんだ。幼い頃、兄とも親しかった人物だ。宮廷占星術師で、記憶を操作できる」


 クリスティンは目を見開いた。


「記憶を操作……?」

「ああ。君が皆に言ったことを、全員に忘れてもらえば、メルへの態度も以前と同じように戻るだろう」


 メルは身分も、ルーカスとの関係性も、周囲に秘している。

 生まれた時につけられた名は、改名することになった。

 誘拐という縁起の悪いことが起きたためだ。新しい名は、今の名。

 つまり自国に戻っても、メルの名は今のままだ。


「来週中に、留学生としてハトコはやってくる。君たちと同じ学年になるはずだ。生徒会の皆の記憶を消せば、君の悩みもなくなる」

「良かった……」


 クリスティンはほっと胸を撫で下ろした。


(けれど記憶を操作って、なんだかちょっと怖いわね……)


 暮れなずむ空を眺めていると、横から強い視線を感じた。

 顔を向けると、ルーカスがじっとこちらを見ていた。


「君は、そんなに心配するほど、メルが好きなんだな」


 彼には言っても大丈夫だから、クリスティンは認めた。


「はい。メルのことがとても好きですわ」

「君と兄は、『星』と『風』。相性がいい。……俺も『風』の術者なんだけど」


 彼は甘やかに瞳を煌めかせる。


「君の体調がよくなるか、俺と試してみようか?」


 クリスティンはぎょっとして身を引いた。夜会の日のことを思い出したのだ。


「ご冗談を、ルーカス様……」


 彼は笑って、ベンチから腰を上げた。


「寮まで送ろう」

「いえ、一人で帰りますわ」


 冗談でも、心臓に悪い、おかしなことは言わないでほしい。

 そこでルーカスと別れ、クリスティンは寮へと歩き出した。

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