第3話 攻略対象は
「お兄様」
「スウィジン様」
立ち止まれば、スウィジンは柔らかく微笑んだ。
「ちょうど良かった。メルに使いを頼みたくてねえ」
嫌な予感がし、クリスティンは目が据わった。
「メルはわたくしの近侍ですわ。メルに用事を頼むのはおやめください」
スウィジンは口角を上げる。
「でもねえ。メルはおまえの近侍である前に、公爵家に仕えているんだ。公爵家の跡取りである僕の言葉には従ってもらわないとねえ?」
「お兄様──!」
反論しようとするクリスティンをメルが目線で止めた。
「スウィジン様、どういった御用でしょうか?」
スウィジンは片目を細めた。
「うん、ちょっとね、屋敷に取りに行ってもらいたいものがあるんだよ。この間の休みに忘れてきてしまった本なんだけどね。急いで今すぐ取ってきてよ」
「かしこまりました」
「急いで今すぐ? お兄様、本当にそんな至急に必要な本なんですの?」
「ああ。僕はすぐに読みたい。だから、至急だよね」
「別に今すぐでなくても良いでしょう? これから午後の授業があるんです」
「いえ、クリスティン様。次の授業は自習ですから、支障ありません」
「でも、メル」
「今すぐ取って参ります」
「流石、メルは優秀だ! クリスティンの信頼も厚くてねえ? ははは」
スウィジンは嫌味たらしく言う。
メルはスウィジンから、本のタイトルと場所を聞き、屋敷へと向かった。
クリスティンは、きっ、とスウィジンを睨んだ。
「お兄様っ!」
「な、何だい、クリスティン?」
吊り上がり気味の瞳で、怒りをこめて鋭く睨めば、さすがに腹黒の兄もたじろいだ。
「それほど必要なら、ご自分で取りに行けばよろしいじゃないですか! メルをこき使うような真似をなさらないで!」
「こき使ってなんかいやしないよ? メルは使用人だ、僕の命に従うのは当然じゃあないか?」
「当然なんかじゃありません! メルは──」
隣国の皇太子だ。
しかしそのことは、今は秘密にとメルから言われている。クリスティンはきゅっと唇を引き結んだ。
「クリスティン?」
公爵家にメルは仕えている。その子息のスウィジンに逆らうことはできない。
が、特に急ぎでなさそうなのに、学園から屋敷にわざわざ取りに行くよう命じるなんてひどい。
ただの嫌がらせではないか。
クリスティンの立ち上るような怒気に、スウィジンは後ずさった。
じゃあね、と言って兄はその場からそそくさと立ち去る。
最近──メルに対する風当たりが強い……。
(……お兄様だけではないわ。生徒会の皆がそう……)
今までは気さくにメルと会話していたのに、近頃はほとんど無視か、メルに用事を言いつけてくる。
メルは全く気にしておらず、それどころか、毎日、機嫌が良い。
しかしクリスティンは、生徒会メンバーの態度にムカムカする。
メルのことを好きだと話してからそうなった。
(言わなければよかったのかしら)
特定の相手が皆にはおらず、恋をするクリスティンを妬み、女である自分ではなくメルのほうに怒りが向き、きつく当たっているのか。
とんでもない人たちだと、クリスティンは憎しみを覚えた。
ゲームの攻略対象は、敵である!
◇◇◇◇◇
「魔力の強い術者は、異空間を作れる。その中では平衡感覚を失い──。どうした、クリスティン。元気がないじゃないか」
ラムゼイ・エヴァットが、本からこちらに視線を流した。
その日、クリスティンは魔術の指南を受けるため、ラムゼイの元に来ていた。
銀髪に、灰色にもみえる青の冷たい瞳をしたラムゼイは、氷の貴公子と呼ばれる美男子だ。
「まあ、大体の理由はわかるがな……」
彼は本を机にばさりと置き、椅子に腰かけた。
生徒会室のある校舎一階に、彼専用の研究室がある。
貴族社会で、ファネル公爵家と権力を二分するエヴァット公爵家の嫡男なので、彼は特別扱いされていた。
クリスティンは怒りをかみしめる。
「皆様、メルにきつく当たっている気がします……」
が、ラムゼイはまだマシだ。
態度は、以前とそれほど変わらない。
というか彼は元々冷血人間なのである。
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