第2話 腹黒な兄

「どうしていけないの?」


 プロポーズされた後、全くキスしていないし、甘い時間を過ごしていない。


「男女交際は禁止ですし……」


 そういった校則が、アドレーの一存で決まってしまった。


「一体なぜ、あんな校則を作ったのかしら……」


 苛々してクリスティンは思わず愚痴る。

 男女交際禁止となり、真面目なメルはそれに従ってしまう。

 それでなくとも、結婚するまで過度な触れ合いはいけないとメルは言っていた。

 その考えが校則によって、より強められてしまったのだ。

 

 クリスティンからしてみれば、おかしな校則である。

 交際を禁止するなんて。

 学園の生徒は、ほとんどが貴族だ。婚約をすでにしていて、将来の伴侶がいる者は多いのである。

 人前でベタベタしなければいいだけの話では。

 

 彼は顔を上げて問う。


「……皆様に私のことを好きだとお話しになったのですよね……?」

 

 先日、クリスティンは、メルが帝国に行っている間、生徒会の皆にメルを好きだと伝えた。

 はっきり言ったのに、冗談で済まされてしまったのだ。


「ええ、話したわ?」

「恐らくそれで、あの校則ができたのではないでしょうか」


 クリスティンは眉を寄せる。


「メルを好きだと話したことが原因……?」


 彼は首肯する。


「そうです。クリスティン様が私を、など、皆様本当とは思えないでしょう。冗談だと判断されたでしょうし、信じられないはずです。けれどやはり気にかかる部分があって、あのぴりぴり具合と、校則なのだと思います……」


(そ、そんな!?)


 生徒会メンバーは、やたらとモテるが特定の相手がいない。

 好きなひとがいるクリスティンに彼らは嫉妬した?


「わたくし、ひょっとして言わないほうがよかったのかしら……」

「いえ。そんなことはありませんが皆様、心を乱されたのでしょう」

「想う相手のいるわたくしに嫉妬し、生徒会の皆はおかしくなって求婚してきたのね……」


 メルは息を呑みこんだ。


「え? クリスティン様、皆様から求婚されたのですか……!?」

「冗談か、変になってだと思うけれど」


 メルは深刻な表情となる。


「やはり、目を離すことはできないな……。皆様、クリスティン様を狙っているのだから」


 メルはぽつりと呟いた。


「え?」

「いえ」


 メルの身分や、将来を誓い合ったことは、まだ彼らは知らない。


「メル。わたくし、校則など気にせず、過ごしたいわ」

「校則を抜きにしても、婚前の過度の接触は控えるべきだと思うのです」


 彼は目元を赤く染めあげる。

 すでに情熱的なキスを交わしたというのに。


(あんな、腰が砕けるくらいの熱い口づけをしたのに……)


 そのときの感覚が、身と心に甘く刻まれている。

 想いを通わせ、キスを交わした今。

 焦れて仕方ないのである。

 キスをしても、彼のエネルギーを吸い取っていないようだし。

 

 クリスティンは彼の肩に手を置いた。それほど力を入れたわけではないけれど、彼の身体は芝生の上に倒れた。


「クリスティン様……」


 押し倒してしまった……。

 どうしよう。


「ええと……ごめんなさい……」


 取り敢えず、謝る。


「いえ……」

 

 慌てたけれど、クリスティンはメルを上から覗き込んで、気持ちを吐露した。


「……わたくしは、あなたともっと過ごしたいの」

「……そんなことをおっしゃっては、いけません」

「どうして?」

「私もクリスティン様と過ごしたいです。……ですが、私はきっと一度タガが外れたら、止めることができませんから……」


 メルは身を起こした。


「ですから、いけないのです」


 クリスティンは釈然としない。


(……わたくしに、魅力がないのかしら……)


 そういえば記憶を取り戻してから、断罪回避に一生懸命で、クリスティンは色恋事に無関心で疎かった。

 女性としての魅力がないのだ。


(…………)


 クリスティンは落ち込んだ。

 しかしまだ午後の授業が残っている。なんとか気を奮い立たせる。


「……そろそろ教室に戻りましょうか」

「はい」


 二人、校舎に向かい歩いていると、横から声をかけられた。


「クリスティン、メル」

 

 ダークブロンドの髪に、アイスグレーの瞳をした、外見は優れているが、腹黒な兄スウィジンである。

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