光の王太子殿下は愛したい

第1話 アドレーの婚約者

 リューファス王国の王太子、アドレー・リューファスには、婚約者がいる。

 名はクリスティン・ファネルという。


 大貴族のファネル公爵家の一人娘で、アドレーが十歳の折、婚約が決まった。

 貴重な『星』魔力を持つ彼女は、家柄良く、外見も整っているが、わがままで高慢な少女である。

 互いの意思関係なく決まった婚約だ。

 アドレーは当初、彼女に何の関心ももっていなかった。

 

 

 が、数年前、とある出来事が起きた。

 アドレーが十三歳、クリスティンが十二歳のときだった。

 当時、アドレーは義務感から、月一の割合で、クリスティンの元を訪れていた。

 

 その日も、ひと月ぶりに公爵家を訪問した。

 庭園で、クリスティンに東国の手鏡をプレゼントし、その後、紅茶を口にしたのだが――。

 

 アドレーは眉を顰めた。


(……!? この紅茶はなんだ……!? にが……っ!)

 

 婚約者はといえば、テーブルに突っ伏し、なんと気を失ってしまった。


「クリスティン!?」

 

 アドレーは慌てて、後ろに控えていたメイドに、指示を出す。


「医師を呼んで!」

「は、はい!」

 

 ――たぶん原因は紅茶だ。

 

 毒は入っていなかったが、苦すぎだ。

 一応、確認のため、クリスティンのカップを手に取り、中の液体を口に含む。


(やはり、毒ではない)

 

 アドレーは常日頃から、毒で身体を慣らしている。

 クリスティンが飲んだのは、アドレーのものと同じ、ただの濃い紅茶だ。

 身体が弱いクリスティンは、余りの苦さに驚き、気を失ってしまったのだろう。


「……うぅ……嘘……」

 

 クリスティンは何かを呟いている。

 意識が戻ったのかと、ほっとしたが、彼女は意識なく呻いていた。


「乙女ゲームの……悪役令嬢に……転生……!? よりによって……わ、わた……断罪……される……クリスティン・ファネル……!?」


 彼女は一体何を言っているのか。

 アドレーはクリスティンの傍に寄った。


「孤島幽閉……惨殺……。この後……ヒロインが……現れ…………婚約破棄…………。……アドレー様……慕っていたのに……っ」

「……?」


 低い唸り声をあげ、言葉も途切れ途切れに、苦悶の表情を顔に刻んでいる。

 何と言っているのか聞こえない。

 アドレーはクリスティンの背に掌を載せ、彼女の唇に耳を近づけた。


「アドレー様……」


 すると彼女は切なげに自分の名を呼んでいたのである。

 アドレーははっとし、胸を衝かれた。


「クリスティン……!」


 気を失いながらも、彼女は自分に助けを求めている!

 恋心も何も抱いていなかった婚約者だが、自分の名を悲しげに呼ばれれば気になるし、心配は増した。

 アドレーは彼女の手を取り、両手で包み込んだ。


「大丈夫だよ、クリスティン」

「大丈夫じゃないわ!」

 

 彼女は意識がないまま叫び、アドレーの言葉をすぱっ! と否定した。

 そうまで強く異性に言い返されたのははじめてだった。

 ――新鮮だ。

 

 すぐに医師がやってきて、彼女は自室へと運ばれていった。

 寝台に横になる青白い顔をしたクリスティンの傍につき、アドレーは彼女の手を握りしめていた。


「殿下を留めてしまうのも、申し訳ないですし、医師の診断によれば、深刻な状況ではないということですので……」

 

 そう公爵に促がされて、彼女を心配しつつも、アドレーは公爵家をあとにした。

 クリスティンの意識が戻ったという連絡は、夜までに入り、アドレーはほっとした。 


 

◇◇◇◇◇

 

 

「おまえの婚約者、倒れたんだって?」


 エヴァット公爵家の嫡男、ラムゼイ・エヴァットが、低い声でそう言った。

 ラムゼイは、銀髪に、色素の薄い青の瞳をした、冷たい雰囲気を纏った少年だ。

 アドレーの同い年の親友である。


「ああ。クリスティンは『星』魔力の『暗』寄りだからね。それもあって身体が弱い」

「病弱でも、貴重な『星』術者。それでおまえの婚約者に決まったんだよな」


 ラムゼイは皮肉げに唇を歪める。

 魔力を持つ人間が、世の中には存在していて、そのほとんどが王侯貴族である。

 

 アドレーは『光』、クリスティンは『星』術者だ。

『光』と『星』術者は希少で、尊ばれている。

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