第45話 運命の日2
「おまえ達、何をしている?」
アドレーが、クリスティンの前に立つ男子生徒達を訝しげに見やり、詰問する。
王太子に睨まれた彼らは、怯みながらも言い募った。
「クリスティン・ファネルの悪行を暴いているんですよ!」
「悪行とは?」
ラムゼイが興味深そうに瞳を光らせ、訊く。
男子生徒達は、事実無根の内容をべらべらと説明した。
よくそう舌が回るものだ。
ラムゼイは唇の端をうっすら持ち上げる。
「ほう、面白い話だな。で、その証人とやらはどこに? まさか証拠はその書類だけか?」
「証人ならここにいます! ほら、モニカ!」
ラムゼイが興味を示したことに男子生徒は興奮し、女子生徒を促す。モニカと呼ばれた少女は、彼の横に立って、力強く言った。
「わたし……見ました! 一年の校舎の裏でクリスティン様が、ソニア様を泣かせているのを! 現場に偶然通りかかって。嘘じゃありませんっ」
(……もしかしてあの時?)
ソニアに愛の告白をされた日。
モニカの後ろから、もう一人、女子生徒が出てきた。
「わたしも目撃しました……! ナイフを手にしたクリスティン様を見た傍で、制服を無残に切り裂かれたソニア様が呆然と彷徨っているのを。ソニア様は片手にコップを持っていました。木が切れ、煙が出ていたので、きっとソニア様は水をかけようとしていたんです。木を切ってソニア様を威嚇したのはクリスティン様だと思います!」
それはソニアを助け、発作を起こした日だ。
三人目の女子生徒が言う。
「わたしは、ソニア様のクラスの子に聞きました! クリスティン様は移動教室のときに、ソニア様の教科書を手に持っていると! それってソニア様を困らせようと、隠していたってことですよ、きっと!」
ソニアの忘れ物を届けようとしていたのだ。
先頭の男子生徒が深く頷いて締めた。
「このように、クリスティン・ファネルはソニア様に嫌がらせの限りを尽くしていたんです、王太子殿下!」
アドレーが笑い声を立て、非常に冷ややかな瞳で六人の生徒を睥睨する。
「クリスティンがそんなことをするわけがないだろう」
先頭の男子生徒は、両の拳を握って、叫ぶ。
「ですがっ、こうして証人が……っ!」
「クリスティンはそんなことを決してしない。彼女は聡明だ。愚かしい人間ではない。人に媚びたりも、人を貶したりもしない」
アドレーの言葉に続き、ラムゼイが目を眇めて呆れた顔で言う。
「証言自体、信頼できるものとは到底思えん。彼女は人を陥れるのではなく、救いたいと思う人間だ。何か人に役立てることはないかと、彼女はいつも考えている」
リーがいつの間にかやってきていて、大声を出した。
「万一、どれほど確実にみえる証拠であっても、クリスティン嬢は、んな姑息な真似絶対しねぇ! 一生懸命でまっすぐだ。証拠のほうが間違ってんだ!」
リーと共に室内に入ってきたルーカスが、侮蔑の眼差しで告発してきた生徒に言葉を投げる。
「君達は何の恨みがあって、ふざけた言いがかりをつけてる? 天地が引っくり返ってもクリスティンがそんなことをするなどあり得ない。彼女は心根の優しい人だ。他人を気遣い、癒してくれる」
周囲から、そうだ、そうだという声があがる。
「クリスティン様がそのような卑劣なことをなさるわけがないわ!」
「質の悪い冗談にもほどがあるぞ!」
クリスティンではなく、非難されているのは、糾弾してきた生徒たちだった。
「違……っ! 本当に……!」
先頭に立つ男子生徒がなお食い下がろうとすると、フレッドがもう我慢できないといったように声を張り上げた。
「いい加減にしたら!? ──皆さん、彼ら三人の男子生徒が、人に嫌がらせをする輩です。今していること自体そうですし。ぼく、彼らに絡まれ、いじめにあっていました。クリスティン様は彼らからぼくを助けてくださった。それを逆恨みして、彼らはこんな行動をとっているのです。女子生徒は彼らの交際相手です。彼らに頼まれ、歪曲した証言をしています」
「フレッド、おまえ……!」
大人しいフレッドがこの場に現れると思っていなかったらしい男子生徒三人は、慌てふためいている。
「入学当初からぼくは『花冠の聖女』──ソニアと友人付き合いをしておりますが、クリスティン様が彼女に意地悪をしたことなど、決して一度もないです。ソニアはクリスティン様のことを心から慕っております。ソニアの忘れ物を、クリスティン様はいつも届けてくれていたんです。彼女の制服を切ったのは別の女子生徒で、クリスティン様は窮地から彼女を救ってくださった。彼女が泣いていたのは、敬愛するクリスティン様を前にして感極まったからだ。ソニアがここにいれば、今のぼく以上の言葉で、クリスティン様への想いを熱く語るはずです!」
スウィジンと少し遅れて会場にやって来たメルが、低い声で言う。
「あの愚かな言いがかりをつけた生徒たちを、全員抹殺します……!」
「気持ちはわかるが、何度も言うようにメル、殺めるのは駄目だよ? そんなことをする価値もない。潔白な妹を侮辱した彼らには、もちろん、相応の罰を受けてもらうけれどね」
スウィジンは殺気を放つメルを落ち着かせ、宥めつつ、少々穏やかではないことを口にした。
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