第12話 婚約者の来訪1
クリスティンはぎくっとする。
「『闇』寄り? なんのことですの?」
「君が『暗』ではなく『闇』寄りなのはわかっている」
ラムゼイはにやりと笑んだ。
「隠しても無駄だ」
クリスティンは大きく息を吸い込み、言葉を返した。
「それは、あなたも『闇』寄りだからですの?」
ラムゼイはくつくつと喉の奥で笑い声を立てる。
「ほう。なぜオレが『闇』寄りだと?」
ゲームをプレイし、そこで明らかにされていたからだ。
「あなたこそ、どうしてわたくしを『闇』寄りだと思われるのでしょう? それはご自身がそうであるから、わかるということでは?」
ラムゼイはじっとクリスティンを見下ろし、片方の肩を上げた。
「まさしく、オレも『闇』寄りだ。だがオレは『大地』の術者で『星』ではない。身体に支障は出ない」
彼はあっさりと自らが『闇』寄りであると認めた。
ゲームでは彼のルートのみで明らかになり、ひそやかにヒロインに告げられたのだが。
「『闇』寄りは極少数。中でも『星』の術者となると、君以外にいないだろう。だから研究したいのだ」
「一体どういったことをなさるの?」
「君に『星』魔術を使ってもらい、『星』魔力について詳しく調べたい」
クリスティンは彼を睨む。
「好きなだけ、お調べくださいませ。その代わり、薬の作り方をお教えください。わたくし、体力改善をしてから発作が起きるんです」
「発作ね」
「はい。数週間に一度発作が起きるのですわ。息をするのも苦しくなって」
「今は薬を飲んで抑えている」
「そうですわ。魔術医師からもらった薬を飲んでおります」
「ならば自ら薬を作る必要はないだろう?」
「いいえ。必要ですわ」
「なぜ?」
「わたくしが王都を離れることになった場合、発作の薬は手に入りにくくなります。自分で作れなければ困ります」
「王都を離れるつもりか?」
「人生、何が起きるかわかりませんもの」
クリスティンは薬をラムゼイに差し出した。
「作りたい発作の薬はこちらですわ。いつも持ち歩いています」
ラムゼイは薬を受け取る。
「ではまず君の魔力をみせてくれ。君の発作の原因についても分析できる」
「わかりました」
その日はクリスティンが『星』魔術を彼の前で使うことだけで、時間は過ぎた。
◇◇◇◇◇
それから、週末ラムゼイのもとに通うようになった。
やはり発作が起きるのは、クリスティンが考えていた通り『闇』寄りの『星』術者なのに、心身共に健康であろうとしたためのようだった。
また、クリスティンは彼の家に置かれてあった分厚い書物を読み、あることを知った。
『星』術者の心臓の上に、異性の『風』術者が掌を置いて解す。
かつ、口から口に気の流れを数分送りこむ行為を日常的に行うことで『星』術者の体力は快復する──。
クリスティンは、これを実践することは無理だと感じた。
(胸の上に、異性に手を置かれ相手と口付けを交わすってことじゃないのこれ? しかも一度だけではなく日常的に)
その秘儀を、行ってみようとは流石にクリスティンは思わなかった。
薬の成分を調べたラムゼイから、魔術の扱い方、魔力をもつことによる弊害、有効な薬の作り方など日々学んだ。
「君はなかなか筋がいい」
「命がかかっていますので、必死ですわ」
「命?」
「いえ、なんでも」
教えを請いつつも、決して気を抜けない。
ラムゼイの放つ刺客に惨殺される可能性があるのだから……。
彼の研究の実験体にされつつ、家では体力作りに励み、声音を変化させ、変装術にもクリスティンは力を注いだ。
◇◇◇◇◇
クリスティンは庭園の一角で薬草を育てることにした。
薬を作る際に、煎じる薬草である。
土いじりをするとき、汚れても良いように、再度ステテコを着はじめた。
家族から強い注意を受けたが、アドレーが別に飾る必要はない、と家族に掛け合ってくれたので、堂々着用できるようになった。
アドレーにとって、クリスティンが着飾ろうが着飾るまいが、関心がないからどうでもよいのだろう。
「クリスティン」
集中して薬草園の手入れをしていたクリスティンは、はっとした。
「……アドレー様……。……いらしていたのですか」
いつから後ろにいたのだろう?
近頃、彼は授業が終わったあと、頻繁に屋敷にやってくるのである。
「この間来たときは、君は留守をしていたね」
ラムゼイの屋敷に週末行っていたのだ。
帰宅後、母からアドレーが屋敷に来ていたと聞かされた。
「申し訳ありません。いらっしゃるのがわかっていたら、外出しなかったのですが」
事前に連絡があれば、両親に咎められるので出かけることはしないのだが、この間は知らせがなかった。今日も。
できればずっと来ないでもらいたい……。
もし来るなら、事前に一言いってほしい。両親に怒られるのはクリスティンなのである。
彼は薬草園の中まで入ってきて、クリスティンが世話をする薬草を眺めた。
「庭いじりもしているんだね、最近は」
その声がいつもより低い。機嫌が良くないようだ。
「ええ……。薬草を育てているのです」
「ラムゼイがそういったものに詳しいね」
「はい。ラムゼイ様に身体によいと聞き、植えたのですわ」
彼はその場に屈む。
「この草は、身体に良いものなのか」
「そうです」
クリスティンも屈み、彼にひとつひとつの薬草の効能を説明していった。
アドレーはクリスティンを手伝い、薬草の世話をしてくれながら、こちらに視線を流す。
「君は日々、忙しくしている。この間留守だったのも、ラムゼイの屋敷に行っていたからと聞いたよ」
アドレーはクリスティンに美しい顔を近づけた。
「君は色々な人間から教えを請うているね? ラムゼイには魔術や薬草の知識。リーには剣術。スウィジンには歌。近侍のメルにも料理を教わっているとか?」
メルには主に料理より護身術を学んでいる。
だが、結構危険な技もあり、家族を含め周囲にはそれを内緒にしている。
クリスティンはあえてアドレーの言葉を訂正しなかった。
アドレーはふうと溜息を吐き出す。
「君は私には教えを請うことがないね? 私は君に何も教えてあげられないんだろうね」
「い、いえ、そんなことは」
拗ねたように言われ、クリスティンが戸惑うと、彼はクリスティンの顎に長い指を絡めた。
(え──)
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