第11話 レッスンの日々

 魔術学園の入学まで一年を切った。

 クリスティンは、護身術の習得をほぼ果たしていた。

『影』の一員になれるくらいである。

 リーの剣術の稽古がある日も、雨の日も風の日も、毎日メルに護身術を学び、運動している。



「相手が凄腕であっても、今のクリスティン様であれば、返り討ちにすることが可能だと思われます」


 メルと庭園を歩いていると、彼は微笑んで言った。


「あなたのお陰よ」 


 メルに教わっているものは、危険に対する防衛だけではなく、攻撃にも対応している。


「けれど、相手は権力者が放つプロ中のプロの暗殺者だから。気は抜けないのよね……。訓練を怠ることはできないわ」


 メルは困惑の表情をした。


「クリスティン様は、存在しない敵をみているような気がしてならないのですが……」


 クリスティンはふっと儚い笑みを浮かべる。


「まだそんなことを言っているの、メル? 今は存在しなくても、今後刺客が現れる可能性は高いと話したでしょう」

「はあ……」

 

 彼は半々どころか、クリスティンの話をほぼほぼ、頭を打った後遺症によるものか、悪夢をみたからだと思っている。

 ただの悪夢ならいい。だが実際に起こることなのだ。


「護身術でクリスティン様の心が穏やかになられるのでしたら、なによりですが」


 メルは独り言つ。


「そういえば……メルから殺気を感じると、この間リー様がおっしゃっていたわよ」

「リー様が?」

「ええ。やり手の剣士なので、あなたの高い戦闘能力に気づいたみたい」

「殺気が出ておりましたか……。消していたのですが……」

「わたくしとリー様が稽古しているときや、休憩してお茶を飲んでいるときに、だだ漏れになっているらしいわ」

 

 確かにクリスティンも、メルの表情をひどく固く感じた。

 彼は唇を真一文字に引き結ぶ。


「いつもは消すことができるのですが。抑えられなかったようです」


 長い睫毛を伏せ、メルはゆっくり視線を上げた。


「……クリスティン様に指導されているリー様に、苛立ちを覚えてしまって」

「苛立ち?」

「はい」

「なぜ苛立つの?」


 メルは目尻を朱に染める。


「ダガーなどの扱い方法でしたら、私も存じております。リー様でなくとも、私がクリスティン様にお教えすることができるのにと……。浅ましくも思ってしまったのです」

「リー様には短剣だけでなく、ロングソードの扱いなんかも学んでいるから」

「重量や長さのある武器につきましても、私はお教えすることが可能です」


「クリスティン」


 後方で自分を呼ぶ声がした。振り返ると、兄のスウィジンがいた。


「歌のレッスンをしよう」

「あ、はい、お兄様」


 もうそんな時間。

 今日はスウィジンのレッスンを受ける日だ。

 

 この春、王太子らと共に学園へ入学したスウィジンは、授業が午前中までのときや、休日に屋敷に戻ってき、クリスティンに歌のレッスンをしてくれている。

 レッスン後は、ラムゼイの屋敷に行くことになっていて、今日は予定が詰まっていた。


「メル、夜また話しましょう」

「……はい」 

 

 クリスティンはメルのことを気にしながらも、スウィジンの部屋へと向かった。

 


 兄から歌のレッスンを受けているお陰で、低い声から高い声まで出せるようになった。

 大分声域は広がっている。

 これで刺客に狙われても、声音を変え、別人のフリをすることができるだろう。

 いざというときのため、外出する際は仮面を持ち歩くことにもしている。

 変装用だ。

 ダガーも忍ばせている。

 

 今一番の問題は、発作だった。


(心身ともに健康であろうとしたせいで、発作が起きるようになってしまうなんて)

 

 ひどい副作用である。


『闇』寄りの『星』魔術をもつ悪役令嬢は、闇に染まっていなければならないのだろうかと、さすがに落ち込んだが、まあ、薬を自分で作れるようになれば、その問題も解消されるだろう。

 


 スウィジンのレッスンを受けたあと、クリスティンは馬車に乗って、ラムゼイの屋敷を訪れた。

 彼は日々忙しくしており、約束自体は数ヵ月前にしていたが、ようやく連絡が入り、今日から教えてもらうことになったのである。


 魔術学園に今年入学したラムゼイは、寮で暮らしている。

 彼が家に戻る週末、教わることとなった。


 ファネル公爵家に勝るとも劣らない立派な屋敷に到着すると、クリスティンは地下の広々とした部屋へ通された。

 ひんやりとした室内には、長テーブルがあり、棚には薬品の入った瓶が幾つも置かれている。


 隣室へと繋がる扉が開き、そこからゆらりとラムゼイが姿を現した。

 クリスティンはドレスを摘まみ、腰を折る。


「ラムゼイ様、ごきげんよう」

「挨拶は省こう。君はオレに魔術の教えを請いたいのだな?」


 色素の薄い青の瞳が、クリスティンを捕らえる。


「オレの研究対象になる、と?」


 罠に嵌ってしまった小動物のような心地になりつつ、クリスティンは唇に言葉をのせる。


「ええ。ですけれど、わたくしが教えを請いたいのは魔術ではなく、薬の作り方ですの」

「薬を作るには、魔術を知る必要がある」


 彼はクリスティンを上から下まで眺めた。


「君は体力改善に積極的で、それによって身体が悲鳴を上げている。だから薬が必要なのだ。君は『闇』寄りの術者だろう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る