第10話 漏れ出る殺気
「殿下に頼まれたんだが……。剣を習いたいって本気?」
「もちろんです」
魔術剣士であるリー・コンウェイが数日後、屋敷にやってきた。
アドレーが話をつけてくれたのである。
紅蓮の髪に、赤みがかった茶色の瞳、整った鼻梁、少し厚めの唇をした、現在十三歳の少年だ。
年少ながら、国で一、二の魔術剣の使い手で、炎の騎士と呼ばれている。
有能な戦士を代々輩出しているコンウェイ侯爵家の人間で、立ち居振る舞いは品があるが、口調は荒々しい。
攻略対象なだけあり、彼もイケメンである。
しかし他の攻略対象同様、全く心惹かれることはない。
「令嬢がすることじゃねぇと思うが。公爵家の一人娘で、未来の王妃でもあるあんたが、なぜ剣術を学びたいと思うかね?」
「未来を切り開くためです」
「戦士にでもなるつもり?」
「そうですわね……。いってみれば、そうですわ。わたくし、己の運命に戦いを挑んでおります」
惨劇ルートに入ったとしても、生き延びるために。
クリスティンが、真っすぐに彼に視線を返すと、意気込みを感じたのか、彼は溜息交じりに言った。
「教えるにあたり、おれは女だからって容赦はしねーぞ」
「ええ、わかっています。びしびしお願いいたしますわ」
「じゃあ、立派な戦士にしてやるか」
リーは可笑しそうに笑った。
クリスティンは本気も本気である。
◇◇◇◇◇
リーは週二日通ってくれた。
力のない女性でも扱いやすいダガーとレイピアを集中して習う。
基礎体力は以前よりついていたので、護身術を学びはじめたときより、ラクだ。
ダガーは、携帯しやすく隠すことが容易。
抜いてから刺すまで時間がかからない。
護身術を教えてくれているメルから、もし相手がダガーを持ち、自分が丸腰だったら、腕、手、肘で戦うように言われている。
ダガーを奪って、相手の腕を折り、動きを封じて、投げ飛ばすのだ。
レイピアは平時用の剣である。
戦場で使われることを考慮されていない、刺突用の細い剣。
表刃を下にし、相手から距離を取って構えをとる。これは身を守るのに適している。
リーが突いてくるのを、斜め左前方に踏み込んで躱し、同時に攻撃する。
実際に身体を刺しはしないが、このまま突けば命中する。
「OK。今度はレイピアとダガーを組み合わせる」
リーはダガーをクリスティンに渡した。
「相手の攻撃線を封じるんだ。前にやった復習」
クリスティンは右手にレイピアを、左手にダガーを持つ。
「いくぜ」
頭を下げてリーの剣先を躱す。
右足を斜め右に踏み込み、彼の突きを避けて、レイピアを叩き込む。
「いいぞ。これは相手が自分よりも強い場合に使う。一発逆転も可能」
以前まではステテコウェアで運動していた。
だが、王太子がいつ屋敷を訪れるかわからないからと母に強く止められ、今はより動きやすい男装姿をしている。
クリスティンは額の汗を拭う。
「じゃ、そろそろ休憩しよう」
「はい」
大きく息をついて、庭園に置かれたテーブルについた。
それを見計らったように、メルがすっと、絶妙のタイミングでお茶を出してくれる。
「ありがとう、メル」
「いえ」
彼の頬は心なしか強張っていた。
リーは頭の後ろで両手を組んで、メルの背を眺める。
「今のってクリスティン嬢の近侍だよな」
薔薇のつぼみの柄が入ったカップのハンドルを、クリスティンは摘まむ。
リーはショコラケーキをフォークで切り、ぱくっと口にする。
「前から気になってたんだけど。すげぇ殺気放ってねーか、あの近侍」
メルは『影』の使用人。
知らず知らずのうちに、そういった気を放ってしまっている?
「優秀で、冷静沈着です。殺気だなんて、おほほ。リー様の思い違いですわ」
クリスティンは護身術だけではなく、メルから料理なども学んでいる。
彼は優秀でなんでもできるのだ。
もし孤島に行くことになった場合、メルがついてきてくれれば安心だが、付き合わせるわけにもいかない。
「人を簡単に殺しそうな目つきをしてるぜ」
「リー様、面白いことをおっしゃいますのね」
クリスティンは丁度、カップを傾けたところだったが、紅茶を噴きそうになった。
笑ってごまかすしかない。
メルは実際そういう訓練を受けている。
ゲーム中で悪役令嬢の命に従って、ヒロイン暗殺を謀る……。
「面白いのは、クリスティン嬢だろ」
「わたくし、リー様のような冗談や、面白いことなど何も申しておりませんし、いたしてもおりませんわよ」
「いや、言動が色々面白すぎる」
リーはケーキを食べながら、肩を竦めた。
「それはともかく。この屋敷に来るたび、あの近侍から殺気を感じるんだ。日頃は隠しているが、クリスティン嬢に稽古をつけたり、こうやって一緒に過ごしていると、隠しきれず、だだ漏れ」
「リー様の勘違いですわ」
「勘違いじゃねーって。かなり腕が立つだろ?」
メルに敵う者はほとんどいない。
リーも魔術剣以外なら、きっと勝負にならない。
クリスティンは笑顔で話を変え、稽古を再開してもらった。
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