なろう系の長所をあえて挙げてみる

牛盛空蔵

本文

 よく「なろう系の読者は現実逃避のために読んでいる」とか「異世界に転移、転生することは読者の願望である」という話を聞きます。

 ひどい罵倒だ。こんな人格攻撃があってよいのか。

 と思いますが、しかし。

 もしそれが「現実逃避」だとしたら、読者はそれでも向き合っているものが少なくとも三つはあります。

 また、「願望」だとしたら、読者はその世間的に大きな価値を持つ三つを、願望においてでも使いたくはないと考える、立派な心を持っていることになります。


 つまり、その三つは、ささやかだとしても、なろう系の長所といえます。

 ここでは「なろう系」の定義はしません。世間的にそう呼ばれているものがそうだと思ってください。定義論争になるときりがない。


 本題に入りましょう。いずれも主人公に関するものですが、その三つとは、


・血筋に頼った特殊能力を持つケースがほとんどない


・コネクションに過剰に寄りかかることがあまりない


・学歴を振りかざすケースもほとんどない


 これらのことです。

 いずれも統計はとっていません。しかし、私のなろう系読書経験から考えると、だいたい当てはまっているのではないかと思います。

 逐一説明します。


・血筋について

 少年漫画には、えてして血筋に由来する特殊能力が出てきます。両親から、祖父母から、あるいは代々続く家系の血筋によって継承。

 しかし、よく考えてみてください。

 なろう系において、その手の血筋由来の特殊能力は、「主人公のものとして」出てきますか?

 いや、これだけたくさん出版されているのですから、作品名を挙げることはできるでしょう。しかし、それがごく一部にとどまることは、経験則でうなずけるに違いありません。

 補足すると、一昔前のなろう系では「神からもらう」ケースが多かったと語られますが、現在は必ずしもそうではないように見受けられます。様々な方法で、主人公たちは自分のチートパワーを手に入れます。

 しかし、それでもなお、血筋による能力はほとんど見られない。少なくとも主人公のものとしては。

 もっとも、すごく強い親や養親に師事して習得するパターンはあります。しかし、それは血筋ではなく、環境と努力によるものに分類すべきでしょう。努力描写が本格的かどうかはさておき。


・コネクションについて

 この項目は他と違い、「過剰に寄りかかること」がないというものです。

 なぜかというと、全く人脈を利用しない作品は、逆にそんなに多くないからです。

 しかし、それを除外しても、なろう系におけるコネクションの利用率は低い。

 内政系になると少し高くなりますし、そうでなくとも物資や資金の提供者がいることはたまにあります。

 ですが、コネクションに任せて、人脈をことさらに駆使して問題を解決することはあまり多くない。

 協力者の力を借りつつも、主人公がメインとなって壁を打ち破ることが多いです。

 あまり他の作品を腐したくはないのですが、人脈におんぶにだっこで問題を解決する――少なくともその印象がある――漫画なり小説なり、ありますよね……。

 なろう系にはそれはまずありません。


・学歴について

 これも上二つと同様なのですが、例外を付記します。

 主人公が、名門のナントカ学園に入学することはよくあります。これはもう定番であり、率が低いなどとは全く言えません。

 しかし、「卒業後、その経歴が問題解決の決定的な追い風となったり、敵を圧倒したりする」といったことはまずありません。

 もちろん、学園内で学生生活が展開されることは多いですし、入学が実力の証明になったりすることも多いです。

 しかし、それは展開の都合や実力の「証明」でしかありません。その学歴自体が問題の解決に大きく寄与することは、「現実と異なり」まず作中では描かれません。

 もっとも、この傾向は他のジャンルでもだいたい同じなのですが、しかし同じということは、読者もこの点に関しては共通しているといえるでしょう。


 というわけで、「現実逃避」だの「願望」だのというなら、つまり、もし読者像を読んでいるものだけで測れるとするならば。

「血筋に全く価値を置かず、コネクションに頼り過ぎず自分が問題を解決するという意思を持ち、学歴だけで人間を見ない」

 という、結構立派な精神を持っていることになります。

 つまり、現実逃避・願望説が間違っているか、読者のメンタルが少なくとも一部分については高潔であるか、のどちらかとなります。


 あなたはそれでも、なろう系の読者への罵倒を続けますか?

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