第22話 研究の成果
生産性3割アップ / 新規UVランプ
1993年12月7日午前10時頃に 松尾産業社の菊川課長から川緑に電話があった。
彼は「いい知らせです。 藤河電線社 技術課の倉田主任から電話がありまして ケイトウ電機さんの新規UVランプは 光ファイバーの生産性を3割アップしたそうです。」と言った。
藤河電線社で用いられたUVランプは 8月のTKM会での川緑の報告データを基に ケイトウ電機社で試作されたUVランプの1つであった。
ケイトウ電機社は 試作UVランプの性能評価と信頼性評価を行い実用性に優れた新規UVランプを開発していた。
藤河電線社は ケイトウ電機社の試作UVランプを光ファイバーの製造ラインに投入して 現行のUVカラーインクを用いて光ファイバーの試作試験を行っていた。
藤河電線社は 約2ヶ月の間に試作した光ファイバーの性能評価と信頼性評価を行い 彼等の光ファイバーの製造ラインの生産性の3割アップを達成していた。
12月9日午後1時20分に松頭産業社の菊川課長と川緑は藤河電線社の技術課を訪れた。
彼等の訪問は 技術課での新規UVランプを用いた光ファイバーの試作試験の結果の確認と今後の藤河電線社の方針の確認を行うことがその目的であった。
二人が いつもの食堂で待っていると 技術課の倉田主任が笑顔でやってきた。
主任は「ケイトウ電機さんからTKM会の研究のお話は伺っておりました。 UVランプとUVカラーインクのマッチングの研究は光ファイバーの生産性の向上に大きく貢献しています。」と言った。
川緑は彼の話しを聞きながら 4年前に主任に「とにかく 硬化性の良いインクを作ってもらいたい。」と強く要望されたことを思い出し、同時に 今回の試験結果が彼等の要望に答えるものであったことを知った。
倉田主任は 今回の試験結果を基に ケイトウ電機社の新規UVランプと東西ペイント社の新規UVカラーインクを本採用すると伝えた。
また彼は 光ファイバーの製造ラインの最終仕様を決定することにより これまでの光ファイバー生産性向上のための取り組みを終了することと、それに伴い彼等の研究開発部門は その役割を終えて解散すると言った。
倉田主任は「お陰さまで 今回の私どもの光ファイバーの生産性向上のミッションは完了しました。 今後も引き続きよろしくお願いします。」と言った。
今後は 藤河電線社のユーザーから新色の光ファイバーの要求があった場合に 東西ペイント社へ新色のUVカラーインクを依頼するので対応をお願いするとのことであった。
藤河電線社からの帰りの電車が東京駅へ着くと 菊川課長と川緑は それぞれの電車に乗り換えるために電車を下りた。
駅のホームに降り立つと川緑は「菊川さん 今日はお世話になりました。」と挨拶した。
菊川課長は「いいえ こちらこそ。 川緑さん いい仕事をされましたなあ。」と言った。
川緑は「今回の仕事の成果は菊川課長のいい企画があったからですよ。 お陰さまで いい仕事をさせてもらいました。 ありがとうございました。」と言って頭を下げた。
ええもん作られましたなあ! / 超高速硬化UVカラーインク
12月13日午後2時頃に 松尾産業社の菊川課長と川緑は古友電工社千葉事業所を訪問した。
この日の彼等の訪問は 新規UVカラーインクを用いた光ファイバーの試作試験の結果の確認と今後の対応打ち合わせを行うことがその目的であった。
千葉事業所では この半年間に光ファイバー製造ラインの最終仕様決定の検討を行っており、光ファイバーの生産性に最も影響するUVカラーインクについても最終のコンテストが行われていた。
彼等が提出していた新タイプのUVカラーインクは 千葉事業所からの依頼に対応して開発したものであり 従来のインクと比べてインク硬化物の硬度が高いものであった。
元々 UVカラーインクは光ファイバーの芯線を伝搬する光の伝送特性を低下させないように インク硬化物の硬度をゴムの様に柔らかいものに設計していた。
UVカラーインク硬化物の硬度が高いと インクが硬化収縮する時に発生する内部応力が大きくなり その力が光ファイバー芯線の光の伝送損失につながるからであった。
また インク硬化物中の内部応力は 経時で その応力が緩和された時に 硬度やその他の物性値が変動を生じて 芯線の光の伝送損失につながることも予想された。
一方 UVカラーインクの硬化性に関しては インク硬化物の硬度を高く設計する方がインクの硬化性をより向上させる傾向があった。
そこで千葉事業所では 光ファイバーの生産性を上げるために 光ファイバーの光の伝送特性を低下させない範囲で UVカラーインクの硬化性と硬度を高めたインクサンプルの開発を依頼していた。
依頼を受けた川緑は TKM会の研究で得られた硬化の理論を基に 硬化性に優れたUVカラーインクの中で硬度の異なる幾つかのインクサンプルを試作し これを千葉事業所へサンプル提出していた。
訪問先で菊川課長と川緑は案内された会議室で待っていると 技術課の島崎氏と安武氏が現れた。
会議室に入ってきた彼等の表情に笑みが見られたので 川緑は新タイプのUVカラーインクの評価結果が悪いものではなかったことが分かった。
二人が席に着くと 島崎氏は「インクサンプルの試験結果は良好でした。 光ファイバーの生産性や作業性 それに信頼性の試験結果はいずれも合格でした。」と言った。
安武氏は「弊社では 御社のUVカラーインクをメインに光ファイバーの生産を考えています。つきましては このインクの取り扱いについて相談があるのですが。」と言った。
安武氏は 新タイプのUVカラーインクを千葉事業所の専用商品としてもらいたいと提案した。
新タイプのUVカラーインクは現行のインクに比較して大幅に硬化性が改善されており 光ファイバーの生産性を大きく向上させることから、他社との差別化のために専用商品にしたいとのことであった。
安武氏の申し出に対して 菊川課長は「この件につきましては 一度 持ち帰り検討させてください。」と言って回答を保留した。
古友電工社からの帰りに東京駅へ着くと、菊川課長と川緑は 祝杯を挙げるために地下街へと降りていった。
居酒屋へ向かう途中に課長は「わし仕事があって事務所にもどらないかんのですわ。ビールをコップ一杯だけにしましょう。」と言った。
川緑は彼の「ビールをコップ一杯だけ」という言葉を何度か聞いたことがあったが その通りになったことが一度もなかったことを思い出した。
居酒屋のテーブルついた二人にビールが届くと これを手にした菊川課長は「川緑さん ええもん作られましたなあ! 」と言った。
課長は「古友電工さんのインクも決まりです。 これで国内の光ファイバー用のUVカラーインクの市場ではトップシェアを取りましたな。」と言った。
川緑は「今回の仕事の成果は菊川課長の粘り強い交渉があったからですよ。 期待に答えることができて良かったです。」と答えて乾杯した。
その後 飲み物がビールから焼酎に変わると お湯割のコップを手にした課長は「川緑さん 私なあ 将来 やりたいことがありますねん。」と言った。
「商社の仕事がら 私はいろいろな会社に腕のいい技術者がいるのを知っとりますねん。」と言った。
「彼等は皆 自分達のやりたい仕事が出来ずにいましてな。 彼等が会社を辞めたなら 私は会社を建てて 彼等に自由に仕事をやってもらいたいと考えとるんですわ。」とにこやかな表情で言った。
話に興味を惹かれた川緑は「そんなことができるんですか。資金はどうするんですか。」と聞いた。
課長は「皆に特許をかいてもらうんですわ。 私は彼等の特許を売買したお金をプールして資金にするんですわ。」と言った。
「私もそのメンバーに入れますか。」と聞いた川緑に「もちろんですよ。」と課長は答えた。
酒席の話とはいえ 川緑には彼の話が夢のようなことに思えて、楽しい気持ちになることができた。
菊川課長と別れた川緑はJR東海道線に乗り 西へ向かう電車の中で これまでのUVカラーインクの開発経過を振り返った。
4年前に彼がUVカラーインクの開発に着手した時に 菊川課長から UVカラーインクの開発競争に塗料メーカーやインクメーカーの15社程が参戦したと聞いていた。
川緑は 競合他社に劣る開発体制で開発競争に勝ち残るために 硬化の理論の研究を行い 研究成果をUVカラーインクの開発に反映させることにより 他社に無いインクを作るという戦略を立てた。
彼の戦略は功を奏し 電線メーカー各社でのUVカラーインクの一次のスクリーニングに生き残った。
その後 菊川課長の企画した ケイトウ電機社との3社の共同研究により UVランプとUVカラーインクのマッチングを図り 藤河電線社に新規UVランプと新規UVカラーインクを販売することができた。
そしてこの日に 古友電工社への新タイプのUVカラーインクの採用が決まった。
新タイプのUVカラーインクの硬化物の硬度は 古友電工社での光ファイバーの試験結果により最適化されたものであった。
川緑は このような開発の経過を振り返りながら 今日の新タイプのUVカラーインクの硬化物の硬度は 試行錯誤によって求められるのではなく 計算によって求めるべきものであり 彼の硬化の理論を基にすれば可能なことではないかと考えた。
川緑がイメージしたのは UV硬化型樹脂の硬化の理論をベースにして 硬化物の硬度等の機械的強度を計算するシステムの開発であった。
もし UV硬化型樹脂の硬化物の機械的強度が数値計算によって求められるのなら 莫大な費用と時間をかけて光ファイバーの試験を行わなくてもUVカラーインクの設計が可能になるのではないかと考えた。
「硬化の理論」を基にして硬化物の機械的強度をコントロールする新しい技術基盤ができたら きっと新規事業の創出に役立つだろうと川緑は思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます