第37話 会社組織の再編
異動 / 熊本事業場勤務
2011年10月14日(金)の午後に 会社の本館の会議室で 要素技術開発センターの人員を対象に 来年1月付けの人事異動の内耳が行われた。
開発センターのそれぞれの部署のグループリーダーとチームリーダーは 異動対象者の一人ずつを携帯電話で呼び出した。
午後3時頃に呼び出しを受けた川緑は 213会議室へ向かい 入り口のドアをノックして入った。
会議室の中央に置かれた長机の向こう側に 木野グループリーダーは A4サイズの紙を持って座っており その横に 井田チームリーダーは ノートPCを開いて座っていた。
川緑は 長机の手前に置かれた椅子に座ると 木野グループリーダーは 手に持ったA4紙を見ながら「川緑さんは 熊本事業場へ異動することになります。」と言った。
彼は「これは内々耳ではありますが 会社側は 既に決めています。 あなたは非組合員でもあり そのつもりで対応して頂きたい。」 と言い「この件について、何かありますか。」と聞いた。
川緑は「ありません。」と答えて会議室を出た。
2012年1月5日(木)午前6時頃に 川緑は 自宅を車で出て 大宰府インターから九州自動車道に上がり 70km程の距離を南下し 菊水ICで高速道路を下り 一般道を数km程移動し 勤務先の熊本事業場へ着いた。
この年の杉下電気社の組織再編の動きの中で 事業領域の統一を行い 熊本事業場は これまでのSSN社から切り離されて 杉下電気社のデバイス関連のグループ会社の子会社となっていた。
熊本事業場の子会社化に伴い ODD事業部関連の業務を担当していた 川緑等は 熊本事業場のODD事業部に異動となっていた。
午前9時に 熊本事業場の厚生棟2階の食堂で 事業場の全社員が集まり 朝会が開かれた。
50歳代中頃、中背、ふっくら体型、色白の北山社長は 壇上に立ち事業場の経営状況を説明した。
会場の大きなスクリーンに 経営状況を示す資料が映し出され ここ数年のノートPC用光ディスクドライブの販売台数と販売額が 競合他社との比較でグラフに示された。
数年前までは 熊本事業場は 光ディスクドライブの販売台数と販売額で他社をリードしていたが その後 中国製や韓国製の安価品が台頭するようになり 経営状況は苦しくなっていた。
それでも 北川社長は 自社には優れた精密加工技術があり 部品から完成品までの幅広い物づくりができる会社であり 他の事業場から注目されていると言い 将来有望な会社であると述べた。
この日の午後1時に 技術棟の居室で 技術部のメンバーを集めて 昼会が開かれた。
50歳代中頃、中背、ふっくら体型、日焼けした三隅統括は 社長の話とは打って変わって厳しい話をした。
彼は「社長は あのように言ったが」と前置きして「当社は 本社から借金経営をしていること」や「当社が独立会社になったのは いつでも事業をたためるということ」や「当社が 来年度にどうなっているかは 今期の第4四半期の業績にかかっている」と言った話をした。
午後4時に 技術部の会議室で 技術チームのメンバーを集めて 連絡会が開かれた。
50歳代前半、中肉、中背、ぼさぼさ頭の明石チームリーダーの話は 更に生々しいものであった。
彼は「今期の第4四半期のODD事業部の販売計画は130億円ですが 現状では90億円弱しか見込めません。事業を継続するためには 商品の更なるコストダウンしかありません。」と言った。
連絡会が終わり 技術のメンバーが会議室を出て行く時に 明石チームリーダーは 川緑を呼び止めて「川緑さん 接着剤絡みでコストダウンできることは何でもやってみてくれる。」と言った。
彼は「但し そのための設備投資はできないから やれる範囲でやってくれる。」と言った。
8月31日(金)午前10時に 熊本事業場の厚生棟の食堂で 事業場に出入りの業者を集めての会議が開かれた。
会議に集まったのは 熊本事業場に光学部品やメカ部品を納入する製造業者等であり メッキ処理や研磨処理を行う加工業者等であった。
会議は 業者等の納入する品のコストダウンを目的として行われ 資材部の竹林リーダーは 彼等に 納入品の価格をいくらまで下げられるかを提示するように依頼した。
食堂から出て行く業者の中には「これ以上の値下げは出来ない。」「うちはやっていけない。」と言った声が聞こえた。
12月20日(木)午後1時に 厚生棟の応接室で 川緑は アカイ工業社の営業の夏目課長から 彼等が保有するUV硬化型接着剤の紹介を受けていた。
アカイ工業社は 工業用化学品の製造販売を生業とする会社であり 安価なUV硬化型接着剤を取り扱っており 熊本事業所の資材課の依頼を受けて 来社していた。
45歳くらい、上背があり がっちり体型の課長は「弊社の接着剤は 建材用途に大量に作っていますので 弊社の製品は お安くご提供できます。」と言った。
ODD事業部は 光ピックアップの組み立てに 化学品メーカーの十数社から 約20種類のUV硬化型接着剤を購入しており それらの価格は 1kg当たり5千円から5万円くらいであった。
それぞれのUV硬化型接着剤の使用量は 光ピックアップ1台当たり 0.01gから0.1gくらいであり それを金額に換算すると、1銭から10銭くらいのものであった。
光ピックアップ用UV硬化型接着剤を 現行品から新規品に置き換えるとなると 新規接着剤を用いた光ピックアップの性能や信頼性の確認のために 多くの時間と費用が掛かることが予想された。
それでも ODD事業部は 光ディスクドライブの生産コスト削減を最重要課題として 削れるものはなんでも削る方向に動いていた。
人員削減 / 事業の売却
2013年1月22日(火)午前8時30分に 厚生棟の食堂で 毎月恒例の朝会が開かれた。
壇上に立った北山社長は 今年4月に予定されている杉下電気社の構造改革について話を始めた。
彼は 熊本事業場の構造改革について語り その中で 2年後に光ディスクドライブ事業を売却することと そのための大幅な人員の削減と再配置を行うことを告げた。
ここ数年の間 光ディスクドライブの需要は多くあり 生産台数は拡大していたが 海外メーカーとの値下げ競争により 販売額が急激に減少していた。
ODD事業部は 光ディスクドライブの生産コストを下げるために 光ピックアップを国内で作り ドライブの組み立てを海外工場で行っていたが それでも収益が得られなくなっていた。
2月5日(火)午後1時に 技術棟の居室で 技術部のメンバーを集めて 昼会が開かれた。
メンバーを前にして 技術部の金井グループマネージャーは 今後 個人面談を行うことを告げ「今回の面談の目的は 会社の構造改革の主旨を正しく理解してもらうためにある。」と言った。
彼は 「後日 異動の辞令が伝えられたら その内容を了解してもらいたい。」と言い「その辞令は業務命令であり これを断る場合は それなりの覚悟をしてもらいたい。」と言った。
2月6日(水)の午前10時の休憩時間は 技術部の談話室に 技術や製造のメンバーが集まり 今回の構造改革の話に終始した。
誰かが構造改革に関する新しい情報を話すと 皆は 彼の話に耳を傾けるという状況であった。
その場に居た組合の関係者は「会社側からの組合員への異動の提案に対して もし組合員がこれを拒否し 早期退職を希望する場合は 組合は会社へ優遇措置の検討を申し出ます。」と言った。
彼の言葉に 周りに居たメンバーは お互いに「どうする?」「仕事のために家を離れる?」と言った声が聞かれた。
3月25日(月)午前10時に 熊本事業場の構造改革に伴う 社員全員の個人面談が始まった。
1月の朝会で 事業場の人員削減と再配置の話があってから 技術部には 沈滞感が漂っていた。
技術の実験室は 業務活動をするメンバーが少なくなり それぞれの実験台の上に取り付けられた蛍光灯は消されたままであり 文字通りに暗い職場となっていた。
談話室は 人が多く集まっていたが 沈黙を保つ人が多く 重たい雰囲気をかもし出していた。
そのような雰囲気の中 社員等は 一人ひとり彼等の所属長から呼ばれて 来月からの所属先を告げられた。
午後4時頃に 技術棟の会議室で 金井グループマネージャーは 川緑を呼んで面談を始めた。
マネージャーは「君は 非組合員だから どこで何をやれと言われても断れないのだが」と前置きがあり「インクジェット事業部へ異動。当面は 光ピックアップ用接着剤のコストダウンの業務を兼務。」と言った。
会議室を出た川緑は 実験室に向かう途中に すれ違う職場のメンバーを見ながら 彼等に活気がなくなっていると感じた。
光ディスクドライブ事業の終息とともに つい最近まで忙しく働いていた多くの技術者達が 目標を無くしていると感じた。
薄暗い実験室に戻った川緑は パソコンに向かうと これまで進めてきたUV接着仕様の最適化のための数値計算ソフトの作成を始めた。
彼は 今の事業部の状況下で 他にやるべきことを思いつかなかった。
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