第30話 プロジェクトのテーマ
テーマ報告 / プロジェクトの存在意義
2008年6月3日(火)午後1時30分に 材料プロセス研究所の会議室で 川緑は 機能性樹脂プロジェクトのメンバー5名と 彼等が作成した今季の業務計画について打ち合わせを始めた。
プロジェクトで取り組み中の開発テーマには ODD事業部のBD光ディスクドライプ関連のテーマや その他の事業部から依頼を受けて 開発を進めているテーマがあった。
メンバーは それぞれ用意した業務計画書を提出し 一人ずつ順番に その内容を説明した。
業務計画書は A4サイズの用紙1枚に 横書きに書かれており 開発テーマ名と 今年4月から来年3月までのスケジュール表と 開発の計画と課題が書き込まれていた。
いずれの開発計画書も 来年3月に 開発品の事業部への引継ぎを目標として作られていた。
彼等は 報告の中で 開発品の性能は 事業部の要求機能を満足しているが 事業部サイドは開発品の採用に難色を示していると述べた。
事業部サイドが難色を示すのは 開発品のような樹脂材料の自社製造の経験が無く 開発品がらみのトラブル発生時の対応が難しいと予想していることと トラブル対応も加味した開発品の製造コストが高くつくと見ていることが その理由であった。
メンバーの一人は「川緑さん 事業部サイドは 開発品の採用を前向きに考えてはいませんよ。」と言い また別の一人は「もっと会社の経営に貢献できる仕事をしたいですよ。」と言った。
彼等の発言の背景には これまでの会社の構造改革の取り組みにより 会社への貢献が見込めない幾つかのプロジェクトが中止になっていたことと 中止となったプロジェクトのメンバーの多くは 他部署へ異動となっていたことへの思いがあった。
彼等の話を聞いていた川緑は 彼等が仕事に不安と不満を感じていると感じ 彼等の開発品が 事業部に採用されなければ 機能性樹脂プロジェクトの存在意義はなくなるだろうと思った。
打ち合わせの最後に川緑は「事業部は 開発品の採用について どう思っているのか 近いうちに 彼等の真意を確認します。」と告げた。
9月24日(水)午後4時に ODD開発センターの会議室に ODD事業部とODD開発センターと材料プロセス研究所の関係者が集まり 機能性樹脂プロプロジェクトの開発テーマの今後の進め方についての打ち合わせが行われた。
事の発端は 10日程前のODD開発センター企画の植村チームリーダーへの川緑の相談にあった。
植村リーダーは 50台前半、中背ふっくら体型、笑顔で人と接する 温厚なタイプの人物であった。
彼は 川緑の相談に応じて この日に機能性樹脂プロジェクトで進めているODD事業部関連の開発テーマの取り扱いについて議論する場を設定していた。
会議には ODD事業部から金井グループマネージャー他2名が参加し ODD開発センターから深田グループリーダーと植村チームリーダーが参加し 材料プロセス研究所から福井所長と川緑が参加した。
金井グループマネージャーは50歳前後、中背ふっくら体型、丸顔に眼鏡、眼光の強い人物であった。
会議が始まると 川緑は「お集まり頂きありがとうございます。今回は機能性樹脂プロジェクトで対応しています3つの開発テーマにつきまして 今後 どのように進めたらよいのかご意見を伺いたく よろしくお願いします。」と断りを入れて 報告資料をプロジェクターに投影した。
報告資料をLEDポインターで示しながら 川緑は 機能性樹脂プロジェクトで担当する開発テーマの現状と課題について説明を行い また課題への対策案についての述べた。
彼は BD光ピックアップ用レンズプロテクターと伝熱材のテーマについて 現状 要求機能を有するものができたことと 課題として それらを量産するため製造体制や品質保証体制の構築があることを述べた。
川緑は 開発品の量産と供給の体制を確保するために ODD事業部とODD開発センターからの人的協力を依頼した。
BD光ピックアップ用精密固定接着剤のテーマについて 現状 BD光ピックアップの接着仕様の調査と現行のUV硬化型接着剤の硬化性等の特性値の取得を行っていることと 課題として 現行の接着仕様では接着剤の硬化が不十分であり 求められる位置固定精度が得られていないことに言及した。
川緑は 接着仕様の調査の報告の中で モデル実験の結果を示し UV硬化型接着剤が十分に硬化していれば 光学部品を所定の位置に精度良く固定できると述べた。
しかし 彼は 現行のBD光ピックアップの接着仕様は 基板上の狭いスペースに多くの光学部品を配置しているために 接着剤に最適なUV照射が行われず 硬化が不十分となり 求められる位置固定精度が得られていない可能性を示した。
また 彼は 光学部品の位置固定精度の検証は 光ピックアップの機種ごとに異なる 多くの光学部品や接着剤の組み合わせについて行う必要があり 膨大な作業となると述べた。
更に 彼は このような検証作業により得られた結果から 接着仕様の最適化を行うためには その根拠となる技術基盤の構築が必要になると指摘した。
川緑は 精密固定接着剤開発には 新しい技術基盤を基に それぞれの接着仕様の可否判断を数値計算によって求めるシステムを開発する必要があると述べた。
川緑は 新しい技術基盤の構築と数値計算システム開発には UV硬化型接着剤の硬化状態と機械的強度を紐付けする理論の構築が必要であると述べた。
最後に 彼は 理論の構築のために必要な研究の内容と 必要な研究設備と 設備投資に必要な金額 約7,500万円を示した。
報告が終わると 金井グループマネージャ-は レンズプロテクターと伝熱材の採用の件について 一度 事業部へ持ち帰り 部内で検討することを約束した。
また 彼は「精密固定接着剤の接着仕様を決めるために必要なUV接着技術開発を ぜひ 材料プロセス研究所に依頼したい。」と言った。
彼は「今 ODD事業部では BD光ディスクドライブの収益を上げるための 光ピックアップのコストダウンの取り組みが最重要課題になっています。」と述べた。
彼は「一方で 光ピックアップの製造の最終工程で 光学部品の位置ずれによる不良品が発生していて 不良品からの光学部品の回収のためのリワークや 光ディスクドライブの市場での読み書きエラーのトラブル対応に 莫大なロスコストが発生しています。」と述べた。
最後に 彼は BD光ディスクドライブの販売による収益を確保するためには 光ピックアップの品質向上と良品歩留まり改善が必要であり そのためには UV接着技術開発が必要であると強調した。
センター長報告 / 技術開発の提案
10月1日(水)午前10時30分に ODD開発センターの会議室で 川緑は 吉海センター長へ UV接着技術開発の提案について報告を行った。
報告会は ODD開発センターの深田グループリーダーからの依頼によるものであり 先日の川緑の報告について 直接その内容を聞きたいというセンター長の意向に沿って設けられたものであった。
報告の冒頭に 川緑は「これからお話ししますUV接着技術開発は 光ピックアップの設計に必要な精密固定接着のための新規の技術基盤の構築に関するものです。 この技術の構築には まとまった開発時間と高額な費用も掛かります。」と断りを入れた。
川緑は まず 現行の光ピックアップの光学部品の接着仕様の調査結果と 別途 行った各種接着剤の位置固定性のモデル実験の結果を紹介した。
それらの結果から 川緑は 光ピックアップの不良品の発生や 市場でのBD光ディスクドライブの読み書きエラーの発生には 光学部品の接着に用いるUV硬化型接着剤の内部の硬化の状態が影響していると述べた。
次に 川緑は UV硬化型接着剤の硬化性に影響する要因について説明を行い その中で UV露光条件やUV接着剤の塗布形状や酸素濃度や温度等の影響の度合いを説明し それらの要因と硬化状態との関係を示す硬化の理論式を示した。
最後に 光ピックアップの品質改善や良品歩留まり改善のためには UV硬化型接着剤の硬化状態と位置固定精度との関係を理解することが必要であり そのためのUV接着技術開発の推進が必要であることを述べた。
報告が終わると 吉海センター長は 会議室のスクリーンに投影された硬化の式を指して「君の この理論式のディメンジョンは?」と聞いた。
彼の質問の内容と その口調から 川緑は 彼がプレゼンに対して 良くない印象を受けていると感じながら「無次元です。」と答えた。
硬化の式は 自然対数の肩に 分子と分母のそれぞれに変数を持つ関数が乗っていて 分子の部分のディメンジョンは 光のエネルギーの単位であり 分母の部分のディメンジョンは 熱力学的な運動エネルギーの単位であり それらの単位が相殺されて無次元となる形であった。
川緑の回答の直後に センター長は「では 光ピックアップの接着剤は 一体 固まっているのか いないのか!」と やや強い口調で聞いた。
川緑は 光ピックアップの光学部品の接着仕様の調査結果を示し「UV照射条件や接着剤の塗布形状等の調査結果から それらの接着剤を 十分に固めるのは 難しいと予想されます。」と答えた。
するとセンター長は「他社は どうなっているのか。それを調べて デッドコピーしたらいいんじゃないのか!」と更に強い口調で聞いた。
川緑は 他社の仕様のデッドコピーは 会社毎に 機種毎に 光学部品毎に 接着剤毎に異なる膨大な数の仕様を調べることであり 膨大な時間が掛かる作業となり そこに何か自社の技術力を向上させるものは得られないと思ったが 口には出さなかった。
暫くして ODD開発センター企画の植村リーダーは 会議の参加者等を見渡すようにして「で、今後はどうしますか。」と聞いた。
深田グループリーダーは「研究所では こういったことをやって 技術の核を作らないといけない。 こういうことをやると 周りの人材も育つ。」と発言した。
センター長は 険しい表情のまま川緑に「この件は もし やるとしたら君の仕事だろう。」と言って 会議室を出て行った。
センター長の様子を見ていた川緑は 10年以上前に 東西ペイント社で同様の経験をしたことを思い出した。
それは 所属していた事業部で 責任者等へ UV硬化型樹脂の硬化性の理論を構築するための研究設備投資を依頼する局面であり 今と同様に彼等を怒らせた時のことであった。
川緑は 怒るという感情は 何かの本に 恐怖や不安の感情と裏表の関係にあると記されていたのを思い出した。
彼等がそのように感じていたとしたら それは川緑の提案する開発テーマの承認や 設備投資の合否 の判断を迫られたことに原因があり その判断を下す事ができなかったことが 彼の感情に現れたものだろうと思った。
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