第11話 事業部の選択
現行品のトラブル / 技術の対応
2003年11月7日(金)午後4時頃に 研究所の実験室で作業をしていた川緑に 佐賀事業部の機構技術の平松氏から電話があった。
彼は「川緑さん お久しぶりです。その節は 大変お世話になりました。今 お時間頂けますか?」と言うと その後の事業部のカラーLBP事業の様子と 現在の問題について話をはじめた。
彼の話では カラーLBPのOEM元は 以前のエンジニクス社から その技術を引き継いだDグラフィ社に代り エンジニクス社のカラーLBP事業部門は そのまま併合されたとのことであった。
Dグラフィ社は アメリカのニューヨーク州に本社があり プリンタや複写機の製造販売を行う業界大手の企業であった。
彼によると 以前に問題となっていた エンジニクス社設計の現行定着機の定着不良のトラブルは 部門の併合後にも続き Dグラフィ社では大きな問題となっていて 部門の責任者等は 定着機の開発者に 早急の品質改良を指示したとのことであった。
一方 川緑の設計した新規定着機は 引き続き 国内向けのカラーLBP機種に搭載されており こちらは問題なく量産されているとのことであった。
Dグラフィ社の技術部門は 九杉社で設計された新規定着機の情報を得ると 佐賀事業部へ 問題となっているカラーLBPの全ての機種に新規定着機の搭載が可能かどうかを問い合わせしてきたとのことであった。
Dグラフィ社の技術部門の定着機の開発担当者は 佐賀事業部の新規定着機の開発者との テレビ会議での打ち合わせを希望したが 事業部の責任者等は その申し出に難色を示したとのことであった。
その後 Dグラフィ社と 佐賀事業部との間で 新規定着機の搭載のための会議が 数回行われ 今朝のテレビ会議では 両社で 新規定着機を問題のカラーLBP機種へ搭載し 寿命試験を行うことが決められたとのことであった。
一息に これまでの佐賀事業部の様子を話した平松氏は 少し間をおいて「川緑さん 来年の2月頃には 両社での新規定着機の寿命試験の結果がでます。場合によっては また協力をお願いします。」と言った。
川緑は「あれからいろいろあったんですね。お話は良く分りました。 私にできる事があれば言ってください。先方の定着機の開発者と話をした方がよければ対応しますよ。」と言った。
すると平松氏は「その件は うちの部長等の思惑があって 避けているようなんです。」と言った。
彼は 佐賀事業部の責任者等は 問題のカラーLBPへの新規定着機の搭載に否定的な態度を取っていると言い その理由は 定着不良のトラブルへの補償にあると言った。
彼によると 現行定着機の定着不良トラブルに対する補償は その全額を Dグラフィ社が負っているが もし新規定着機を市場に投入した後に 定着不良トラブルを引き起こした場合に 佐賀事業部には それを補償するだけの余裕がなく 大きなリスクを抱えてしまうとのことであった。
平松氏は「川緑さん Dグラフィ社の技術者は 現行定着機の改良検討に解はないと見ています。市場トラブル対策には 新規定着機の搭載しか道が残されていないと言ってます。」と言い「また 進捗がありましたら連絡します。」と言った。
3月8日(月)午後2時頃に 研究所の居室で事務作業中の川緑に 佐賀事業部の機構技術の平松氏から電話があった。
彼は「川緑さん 急なお願いで申し訳ないのですが 明日 こちらへ来て会議に参加してもらえませんか。」と言った。
彼によると 明日 佐賀事業部内で Dグラフィ社のカーラーLBPへの新規定着機の搭載の合否を判断する会議が予定されていて 会議では 平松氏等が 新規定着機の寿命試験の結果を報告するとのことであった。
佐賀事業部とDグラフィ社の双方で行った 新規定着機の寿命試験の結果は いずれも良好であり 平松氏等 機構技術のメンバーは 会議で新規定着機の搭載を進言するつもりとのことであった。
平松氏は 川緑に「新規定着機の開発者の立場からフォローをお願いします。」と言った。
川緑は「分りました。明日そちらへ行きます。その時に詳しい状況を教えてください。」と言った。
事業部の方針 / 責任者のマネージメント
2004年3月9日(火)午後2時前に 川緑は佐賀事業部を訪れた。
川緑は 機構技術の平松氏から参加依頼を受けていた会議に出席するために 新規定着機の引継ぎ書の控えファイルを持参してきていた。
午後2時に 案内を受けていた会議室に入ると そこには 技術の小幡部長と 機構技術の今坂グループリーダーと中道技師と平松氏等と 海外営業部の浦部氏が席についていた。
彼等が話をしている様子から 川緑は 懸案のDグラフィ社への新規定着機の搭載に関する会議は 既に終了していたことが分った。
川緑の入室に気付いた平松氏は「川緑さん せっかく来ていただいたのですが 事業部ではDグラフィ社の要望を受けないことになりました。」と申し訳なさそうに言った。
50歳くらい 中背、ふっくら体型、赤ら顔の小幡部長は 平松氏の発言に続いて口を開いた。
彼は「現状は エンドユーザーでの定着機のトラブルに対して Dグラフィ社が補償しているが もし新規定着機でトラブルが発生したら どこが これを保証するんだ!」と強い口調で言うと「おお、怖い 怖い。」と言いながら会議室を退出していった。
部長が退出すると 平松氏は 川緑に「昨日 会議の参加者にメールで川緑さんの参加を伝えていたのですが 今朝 部長から この件は部内の問題だと言われ 時間を前倒しして会議が開かれました。」と言った。
平松氏は「川緑さん 私達は 今回の寿命試験だけで無く これまでの実績からも 新規定着機の搭載を推奨したのですが うちの責任者等に聞いてもらえませんでした。」と言った。
彼は続けて「これまで 私達は新規定着機に 何度も助けられてきました。」と言った。
彼によると 海外向けのカラーLBPを購入したエンドユーザーで定着不良のトラブルが発生すると 彼等は ユーザーを訪れて 現行定着機を新規定着機に交換して ユーザートラブルに対応してきたとのことであった。
平松氏は「ユーザーやOEM元が困っている時に 事業部の方針で 何も出来ないのは 情けないですよ。」と言った。
平松氏の話が終わると 30歳代中頃、中背、細身 あまり表情を変えない 海外営業の浦部氏は「後で Dグラフィ社の担当者に 今日の会議の結論を連絡します。」と言った。
川緑は 彼等の話を聞きながら カラーLBPへ新規定着機を搭載するかどうかは事業部で判断することなので あえてコメントはしなかった。
新規定着機の引継ぎ時に川緑は 現行定着機と新規定着機の設計思想の違いを説明していたが 事業部の責任者等は それらの設計思想の良し悪しが判断できずに 今回のDグラフィ社の申し出に恐れをなしてしまったのだと推測した。
川緑は 自社の製品の設計思想の良し悪しが分からずに 保身に走る人達がマネージメントするような事業部は その将来に期待が持てないだろうと思った。
3月11日(木)午前10時頃に 川緑は研究所の居室で 佐賀事業部海外営業部の浦部氏から転送されてきた電子メールを見ていた。
最初の電子メールは 浦部氏から Dグラフィ社のカラーLBP事業部のCooper氏へ送られたものであり 先の佐賀事業部での会議の結論を伝えた文章であった。
次の電子メールは Dグラフィ社のCooper氏から 浦部氏宛てに送られたものであり 「I was very disappointed ・・・ 」 で始まる文章であった。
Cooper氏のメールには 彼等の技術部では 佐賀事業部から入手した新規定着機の寿命試験を行ったことと その結果が良好であったことが述べられていた。
電子メールの最後に 彼等は 新規定着機を導入したい考えであったが 佐賀事業部がカラーLBPに新規定着機を搭載しない結論を出したことを残念に思うとのコメントがあった。
電子メールでのやり取りを見た川緑は 今回のDグラフィ社の新規定着機の採用の申し入れは 佐賀事業部にとって転機となるはずのものだったと感じた。
佐賀事業部は これまで 組立作業等の量産化技術を売りにして カラーLBP等の商品を作り 売り上げを伸ばしてきた会社であった。
一方 世の中は 市場のグローバル化に伴い 商品価格の低下が続き 量産化技術だけに頼る会社には 風当たりが強くなってきていた。
このような環境で生き残るためには 組立作業のだけで商品を作る会社から 技術を作る会社に変える必要があった。
川緑は 今回のDグラフィ社の新規定着機の採用の申し入れは そのチャンスだったと思った。
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