第7話 定着性の改良

   定着不良 / 定着機の評価  

   

 1999年10月7日(木)午前8時15分福岡空港発の飛行機に乗り 川緑は 羽田空港へ向かった。


 JR浜松町駅から山手線で西日暮里駅まで行き そこから千代田線に乗り換えて 亀有駅で降りると そこに和平化成社の小倉営業課長が来ていた。 


 30歳くらい、中肉中背、笑顔の中に視線を感じさせる課長は 手早く名刺交換を済ませると 川緑をタクシーに誘導し 埼玉県八潮市にある太平化成社の八潮工場へ向かった。


 2人が 八潮工場に着くと 建屋の置くから国本部長が出てきて 川緑を工場に 案内した。 

10m×20m広さの工場内には ニーダー分散機やロール分散機や攪拌機や乾燥機や粘度計等の液状フッ素ゴム製造のための設備が設置されていた。


 工場には 70歳台と思われる男性が 20インチサイズのスチール製2本ロールを動かしながら作業を行っていた。


 彼は シート状のフッ素ゴムをハサミで切り刻みながら 回転するロールに落とし込んでいた。 


 国本部長は 川緑に「これはゴム練り作業です。このようにフッ素ゴムを練りながら伸ばします。」と言い「作業者は うちの社長です。生涯現役です。」と言った。

 

 工場内に漂う化学品メーカー特有の臭いを嗅いだり 樹脂材料を加工するための使い込まれた設備を見ると 川緑は 少し懐かしいような心地よさを感じた。



 工場見学後に 彼等は応接テーブルにつくと 懸案の液状フッ素ゴム開発の打ち合わせを行った。


 川緑は持参した報告書を手渡し 和平化成社の液状フッ素ゴム改良品を塗布した ヒートロール用いて試作した定着機の試験内容と結果を報告した。 


 ヒートロールの試作は 月西工業社の沼津工場で行い 定着機の試作は九杉社の 佐賀事業部で組み立て 定着試験は佐賀事業部の機構技術が保有するカラーLBPを用いて行っていた。


 定着試験内容は カーボン充填量を変えた3種類の液状フッ素ゴムを用いた定着機試作品について それぞれ2サンプルずつの合計6サンプルをカラーLBPに登載し 初期の定着試験と 連続定着試験を行ったものであった。


 初期の定着性評価は いくつかの画像パターンを所定の枚数ずつ定着して画像の 評価を行うものであり オフセットの発生の有無や 画像の光沢度の測定を行うものであった。


 初期の定着試験の結果は いずれの定着機試作品も 現行品以上の性能を示した。


 一方で 連続定着試験では 定着機試作品の中に 結果が良いものと良くないものの双方があった。

結果が良くないものは 定着画像に まばらに微小なオフセットが発生していた。


 以前に塗料開発を行った経験から 川緑は まばらに発生するオフセットの原因が液状フッ素ゴム中に含まれる異物にあると考えていたが 今日の工場見学の時の物づくりの現場を見て彼の考えは確信に変わっていた。        


 川緑は 定着画像を示し「このオフセットの発生を改善したいと思います。 つきましては お願いしていたものは出来ていますでしょうか?」と聞いた。 


 

 この日の数日前に 川緑は 国本部長へ液状フッ素ゴムサンプルの作製を依頼していた。

サンプルは 国本部長は 依頼に答えて 液状フッ素ゴムサンプルを1kg用意していていた。


 1Lの丸缶に入ったサンプルを受け取ると 川緑は 部長にお礼を述べて 小倉 課長と供に和平化成社を出た。


 東京駅で小倉営業課長と分かれると 川緑はJR東海道線に乗り神奈川県の平塚市へ向かった。



   定着性の改善 / 古巣の訪問


 10月8日(金)午前9時30分頃に 川緑は 以前に勤めていた平塚市の東西 ペイント社を訪れた。


 東西ペイント社では 社外の業者等の外部の者が社内に入る際には 守衛所で「タバコをお吸いになりますか?」と聞かれ もしライターを持っていれば守衛所に預ける決まりになっていた。


 これは 地面や床にライターを落下した時に 火花が発生することによる火災の 発生を防止するためであり 川緑は 以前に東西ペイント社の安全教育で ライターの落下により火花が発生する映像を見たことを思い出した。


 川緑は 守衛さんに頼んで 新規事業部の森田部長に連絡してもらうと 間もなく部長がやってきた。


 「お久しぶりです。お世話になります。」と川緑が言うと 部長は笑顔で「元気で やっているようだね。」と言って川緑を本館へと案内した。 



 部長に案内されて本館の1階の商談室へ入ると 川緑は名刺を渡してテーブルに付いた。


 川緑は 事前に電子メールで部長に依頼していた今日の実験について 簡単に説明を行った。

実験は 事業部が保有している加圧ろ過器を借りて 昨日入手した液状フッ素ゴムを精密ろ過する作業であった。


 森田部長は 実験の内容を確認すると 川緑を技術棟の1階にある作業場へ案内した。 


 作業場には 既に 加圧ろ過器や作業に必要な設備と 洗浄用の有機溶剤等が揃えてあった。

それらの設備は 以前に川緑が購入して使用していたものであった。


 作業服を着て「では 作業に掛かります。」と川緑が言うと「作業が終わったら そこの電話で連絡してね。 よろしくね。」と言って部長は作業場を退出した。 



 川緑は 装置を組み立てると 持ってきた液状フッ素ゴムを 加圧タンクに投入し タンクを密封すると 窒素ガスボンベのレギュレーターを調整して タンク内が所定の圧力になるように窒素ガスを送り込んだ。


 するとタンクに連結したろ過器から 精密ろ過された液状フッ素ゴムが徐々に流れ出た。


 川緑は ろ過液の缶詰を行うと 使用した容器や加圧ろ過器の分解洗浄を行った。


 その後川緑は 森田部長に 缶詰した液状フッ素ゴムの和平化成社への発送を依頼し 御礼を述べると帰路についた。



 11月4日(木)午前10時に 川緑は 昨日に続いて新規定着機評価のために 佐賀事業部を訪れた。


 2台の新規定着機は 月西工業社で試作したヒートロールと離型オイルを含浸したウェブロールを入手し 佐賀事業部の機構技術の平松氏の指導を受けて組み立てたものであった。


 平松氏は 30歳台前半、中背で細身、仕事に集中して 無駄口を叩かないタイプであった。


 ヒートロールは 和平化成社製の液状フッ素ゴム改良品の精密ろ過品を塗布して作られたものであり ウェブロールは 新野化学社で合成した離型オイルを含浸させて作られたものであった。


 この日に川緑は平松氏の指導を受けて 2台の新規定着機を それぞれカラーLBPに搭載して 初期の定着性能の評価を行った。


 定着機の初期定着性の評価は 定着機によって異なる定着温度を決める作業から 始まった。


 その作業は カラーLBPに繋いだパソコンで定着温度を制御しながら 所定の用紙に所定の画像を定着し 定着ウィンドウと呼ばれる定着温度の下限と上限とを求め それらのデータから定着温度を設定するものであった。


 定着温度の下限は 定着した画像にコールドオフセットが発生する温度であり 定着温度の上限は 同様にホットオフセットが発生する温度であった。


 定着機に設定される定着温度は 定着下限と上限の中間付近の温度が設定された。



 新規定着機の定着温度が決まると その温度で 所定の画像パターンを印刷し その画像の発色性や鮮明性等の初期定着性を評価した。


 新規定着機の初期定着性評価の結果は 現行定着機に比較して良好なものであった。


 現行の定着機の定着ウィンドウが 166℃から175℃であるのに対して 新規定着機の定着ウィンドウは 160℃から175℃であり 低温での定着が可能であった。

また 新期定着機の初期定着性は 現行品に比較して良好な結果を示した。


 2台の新規定着機の評価が終わると 平松氏は「新規定着機は使い易そうでいいですね。あとN増し試験と寿命試験がどうか気になりますね。」と言った。


 今回の新規定着機の試験の結果は 前回の定着試験NGの原因が 液状フッ素ゴム中に含まれるゴミ等の異物にあったことを示しており また川緑の定着機の設計思想が間違ったものではなかったことを示していた。



 翌11月5日(金)午前11時頃に 川緑は 新規定着機の初期定着試験の結果を報告書にすると 和平化成社と月西工業社へ報告書をFAX送信した。


 この日の午後に 川緑は和平化成社の国本部長に電話して FAXした報告書に示した定着試験結果の説明と 今後の要望を伝えた。


 今後の要望では「お手数かけますが 液状フッ素ゴムの製造に精密ろ過機の導入をお願いします。それともう1つのお願いがあるのですが。」と言った。


 もう1つの依頼は 液状フッ素ゴムに ミクロンサイズの球状シリカ粒子を配合してもらうことであった。


 川緑は 今後行う新規定着機のN増し試験と寿命試験のために 2系統の液状フッ素ゴムサンプルの試作を依頼した。


 1系統の液状フッ素ゴムは N増し試験用に 前回の精密ろ過品をベースに カーボンの充填量を3水準とったものであった。


 もう1系統の液状フッ素ゴムは 定着機の超寿命化のために ミクロンサイズの球状シリカ粒子を配合したものをベースに カーボンの充填量を3水準とったものであった。


 依頼の内容を聞いた国本部長は「川緑さん いいものができそうですね。 精密ろ過設備の件は 直ぐに手配します。」と言った。



 その後 川緑は月西工業社の豊岡課長に電話して FAXした報告書に示した定着試験結果の説明と 今後の要望を伝えた。


 今後の要望は 和平化成社から届く 液状フッ素ゴムを用いたヒートロールの試作であった。


 豊岡課長は「いい感じになってきましたね。ヒートロールの製造ラインを空けておきますよ。」と言った。

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