第88話 『青いカエルさんと、あわてんぼうの僕』
岩山の山頂に続く道で、ヒデヨシは倒れている青いカエルを見つけたのだった。
「大丈夫……ではないですね。今すぐ傷を治します!」
ヒデヨシはスターチャームから慌てて回復薬を取り出す。
そのカエルは傷まみれのボロボロで、どこからどう見てもすぐに治療する必要があるのだ。
「あ、でもこれ錠剤じゃないですか!」
だが、ヒデヨシの持っている回復薬は残念ながら全て錠剤だった。
気を失っている相手に錠剤を飲めというのは、無理な相談だろう。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう……!」
このままでは見殺しになってしまう。
そう思うとヒデヨシはどうして良いか分からず混乱してしまい、その場でくるくる走り出してしまった。と、その時。
「騒がしいな……ぅぐっ!?」
青いカエルが目を覚ました。
「えっ、あっ、えっ!? ……あ、大丈夫ですか!?」
ヒデヨシは声に気付いて、急いでカエルの傍による。
「大丈夫……と言いたいところだけど、控えめに言っても満身創痍だよ。なんてね……ふふ」
カエルは倒れたまま辛そうにだが、冗談っぽく笑顔を見せた。
冗談めいた言い方だが、冗談では済まされないダメージだ。少しでもヒデヨシを落ち着かせるためか。
「ああ、すみません! 辛そうなのは分かってるんですけど、こういう時にどう声を掛けたら良いかわからなくて……!」
「いや、気にしなくて良いさ……ぐっ!?」
カエルがお腹を押さえて苦しむ。
「ああ、錠剤の回復薬があるんですけど、飲めますか!?」
ヒデヨシが回復薬を10粒ほど取り出してカエルに渡そうとする。
「すまない……。さすがに錠剤ほど硬いものを、飲んだり噛んだりはできそうにないんだ……」
カエルは仰向けになって、荒い呼吸のまま目を瞑った。
これ以上時間をかけていては、もう助からないかもしれない。
「どうしましょう……? お嬢様なら、ダメージなんかすぐに“奪って”しまえるのに……。いや、でもお嬢様を呼びに行く時間もない、というより、僕がなんとかしないと修業にも……。ああ違う、そんなこと言ってる場合では……!」
「……君!」
ヒデヨシの頭がオーバーヒートしそうになった瞬間、カエルは強めの口調でヒデヨシを呼んだ。
「は、はい! なんですか、カエルさん!?」
ヒデヨシはなんとか我に返ることができたようだ。
「水、水はあるか……?」
カエルは消え入りそうな声でヒデヨシに言った。
きっと、さっきので体力の限界に達してしまったのだろう。
「みず……? ああ、水ですね! ありますあります!」
「では、その水を分けて欲しい。喉が、身体が渇いてしまってね……」
「わかりました。……どうぞ」
ヒデヨシは回復薬をスターチャームに戻した後、代わりに水筒を取り出してカエルに渡した。
「ありがとう、では。ごくごくごく…………っぷはぁっ!」
カエルはとてもとても美味しそうに、そして浴びるように水を飲んだ。
「おお……!」
するとたちまち傷が治り、顔色も良くなって、心なしか体の色も鮮やかになった。
「ありがとう。まだ戦える程ではないけど、いくらか回復できたようだ。助かったよ」
カエルはさっきまでのダメージが嘘だったかのように元気になり、ひとたび背伸びをするとすっくと立ち上がった。
戦えるほどまで回復したら、どんな感じになるのだろうか。
「いえいえ、そんな……」
ヒデヨシはカエルの姿を見て少し圧倒されてしまった。
「自分の名は“ミカエル”だ。君は?」
ミカエルは大きさこそヒデヨシと変わらないか、少し小さいくらいなのに、自信に満ち、落ち着いて堂々としていながらも、慈悲深く包み込まれそうな様から、とても大きく見えたのだ。
さっきまで満身創痍ではあったが、きっと相当な実力者に違いない。
「……ヒデヨシです」
ヒデヨシは声を絞り出して答えた。
「そうか、ヒデヨシ君か。とても強そうな良い名前じゃないか」
ミカエルは落ち着いた声で言う。
「ありがとうございます。……そうだ、ミカエルさんはなんでここで倒れていたんですか?」
ヒデヨシはようやく冷静さを取り戻し、ミカエルに気になっていた事を尋ねた。
「ああ、それはね“邪悪なるものども”と戦っていて────」
ミカエルは邪悪なるものども、ヒデヨシたちにも分かるように言えば『ラードロ』とは、メーシャより前から戦っていたようだ。
始めは優勢だったが、最近なぜかラードロが強くなり、危険な場面が増えるようになった。
このまま防戦一方ではいずれ家族を守れなくなる。
そこで、ミカエルはそうなる前に敵の親玉を倒そうと、家族を守るために仲間と共に故郷を離れて、ラードロの根城があるというこのアレッサンドリーテに来たとか。
それがひと月ほど前のこと。
そして精鋭揃いの仲間と協力して、ラードロの幹部らしき者がいるアジトをいくつも攻め落としていった。
だが、つい先日敵の奇襲を受けた際、ミカエルは仲間と逸れてしまう。
孤軍奮闘してなんとか勝利をおさめたが、水と魔力が切れ、身体もボロボロの満身創痍になったのだった。
「……それは壮絶ですね」
ラードロが強くなったのは、きっとデウスが負けてしまって、身体や力を奪われてしまったからだろう。
「ふふっ。確かにね。しかし、ヒデヨシ君たちは“邪悪なるものども”の事を『ラードロ』つまり“奪う者”と呼んでいるのか」
「はい。あと、とり憑かれたモンスターとかは“タタラレ”と呼んでます。変ですか?」
「いや、まさにその通りだよ。自分たちも棲む場所を奪われて、仲間がなんニンもその、“タタラレ”になってしまってね。助ける事も出来ず……」
ミカエルは悔しそうに空を見上げた。きっと辛い戦いであったのだろう。
「そうでしたか。……ああ、そうだ! タタラレって、助ける事もできるんですよ!」
ヒデヨシは灼熱さんやデスハリネズミの件を思い出した。
「ほんとうかい!?」
ミカエルは思わず大きな声を出してしまった。喉から手が出る程欲しい情報なのだから仕方ないが。
「普通なら魔力は身体全体を流れて循環しますよね。でも、タタラレの身体には『魔力を吸うだけで、送り出せない』部位があるんです。そこを壊せば助けられるんです!」
「そうだったのか……。それは、君が見つけたのかい?」
「はい。まあ、偶然ですが……」
「ヒデヨシ君は切れ者だね。自分も、早くに気付ければ……」
ミカエルは悲しそうな顔をするが、すぐに頬を叩き、
「……ふぅ。いや、これからは仲間を救えるんだ。それに、後ろばっかり見て足を止めてちゃ、仲間が報われない! 気合いを入れ直さないとね」
深呼吸をして立ち直った。
「ミカエルさんはこれからどうするんですか?」
「ここの山頂が万が一の時の集合場所でね。多分自分が一番乗りだろうからね、皆が来るまで消耗した体力と魔力を回復しつつそこで待つとするよ」
「では、僕もそこまでお伴しますよ。道中モンスターもいますから」
修業のつもりでやって来たが、ヒト助けも立派な経験だと思い、ヒデヨシはミカエルの護衛をすることにしたのだ。
「助かるよ」
「では、行きましょうか」
ヒデヨシはまだ知らない。この先に、己の運命を決める困難が待ち受けていることを。
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