第89話 『ラードロとタタラレ』

 ヒデヨシはタタラレにされた半魚人と、禍々しい人型の影のようなラードロと対峙していた。

 このラードロこそ、半魚人をタタラレに変えた張本人である。

「倒す……!」

 ────ズドン!!

 タタラレの鋭いパンチをヒデヨシに撃ち込む。

「しまっ……ぐわーっ!!」

 タタラレの攻撃は凄まじく、ヒデヨシが背中の装甲でガードするも、耐え切れず吹き飛んで岩に叩きつけられてしまった。

「…………倒さなけれ、ば……!」

 タタラレが頭を抱えながら苦しんでいる。状態が不安定なのかもしれない。

「くっ……」

 ヒデヨシは今の攻撃で大ダメージを受けただけでなく、変身まで解けてしまった。

 それだけタタラレの攻撃力が高いのだろう。

「倒さ、なければ……。家族のため……一族のため……みんなの、ため……。ぐぅっ、倒さなければ……!」

 目の前にいるヒデヨシを倒さんが為、タタラレは苦しみながらも近づいてくる。

 次に攻撃を受けてしまったら、ヒデヨシはどうなるかわからない。

「ま、待って下さい……!」

 ヒデヨシは後退りしながらタタラレに声をかける。いや、声をかけるしか今はできないのだ。

「フンッ。所詮ハ畜生。勇者ノ側近トハ言エ、ソノ程度カ……」

 そのタタラレの後ろに控えていたラードロが鼻で笑った。

「ま、まずい……。このままじゃ……!」

 ヒデヨシは大ダメージを受けている上に、相手はタタラレとラードロの2体。

「ヒデヨシ君……」

 ミカエルも大ダメージを受けているのか、地面に倒れ伏して動けずにいる。

 現状を打開する方法も思いつかない以上、もう絶体絶命としか言いようがないだろう。

「勇者以外ハ、警戒スル必要モ無イト言ウ事カ……。フンッ。モウ良イ、止メヲ刺セ!」

 ヒデヨシに対する興味を完全に失ってしまったのだろう。

 影は急に冷めた口調でタタラレに命令した。

「倒す、倒す……!」

 タタラレは息を荒くしながらはヒデヨシの元に着くと、命令を遂行するため拳を大きく振りかぶる。

「僕は、ここで終わりなのか……?」

 ヒデヨシの背中が岩にぶつかる。もう逃げ場はない。

「うぅがー!!」

 タタラレの拳はとうとう振り下ろされた。

「やめろーっ!!」



 少し時間を遡り、ヒデヨシとミカエルが山頂に着こうとしたところ。

「この辺りで良いよヒデヨシ君。ありがとう」

 前を行っていたミカエルが振り返ってヒデヨシに言った。

「そうですか? 一応山頂まで行こうと思ったんですけど……。それに、もしお仲間さんに会えたなら、同じ目的を持つ者同士で挨拶をしたいですしね」

 ヒデヨシは道中でロックタートル2体、話の通じなかったゴブリンを1体、プルマル5体の群れを倒してきた。ここまで来てミカエルを放っておけない。

「いや、すまないが、君と仲間を会わせるわけにはいかない……」

「えっ、なんでですか?」

 ミカエルの言葉に、ヒデヨシは首を傾げた。

「ヒデヨシ君、自分たちはその、ラードロと戦っている。それは分かっているね?」

 ミカエルは真剣な顔で言う。ヒデヨシをからかったり馬鹿にしている様子ではないが……。

「はい。それがどうしたんでしょう?」

「その、彼らは“邪悪なるものども”には沢山のものを奪われたんだ。それも分かっているね?」

「はい……」

「もし、そんな彼らがラードロに会ったらどうなると思う?」

「ん~……。問答無用で戦いになる。とかですかね?」

 何かの問いかけの様だが、ヒデヨシは何のことかサッパリ分からず、ただ表面的に答えるしかできない。

「そう。自分もそう思っている。会わせることはできないんだ……」

「え……ちょっと待って下さい。それじゃあまるで、僕がラードロみたいじゃないですか……!」

 ヒデヨシは耳を疑った。あり得ない事だったからだ。しかし、

「君は、何をどうして正気を保っているのか分からないけど、正真正銘宿よ」

 ミカエルは紛れもない真実を言っていた。

「…………」

 ヒデヨシは何が何やらわからなくなり、情報が処理できずに、ただ黙り込むしかできなくなってしまった。

 この事実を受け入れてしまえば、パパさんの打った注射はラードロ怪物になる薬で、そうなるとパパさんはになってしまう。そう、受け入れたくない事実であったのだ。

「自分はヒデヨシ君に感謝しているし、この先また出会う事があれば恩を返したいと思っている。が、今日の所はそのまま帰って欲しい……。今の自分に、血気盛んな彼らを止める自信はないからね」

 ミカエルはヒデヨシに対し友好的な言葉を言っていたが、放心状態のヒデヨシには届いていなかった。

 衝撃が強すぎたのだ。

「まずは皆に君の事を話して……って、ヒデヨシ君、聞いているのかい? ヒデヨシ君……!」

 ミカエルが肩を揺さぶるが、ヒデヨシは全く返事をしない。

『僕が、ラードロ……。じゃあ、お嬢様と僕は敵同士?

 いずれ僕も、邪神と同じように、討伐されてしまう……?

 僕はただ、ただお嬢様とみんなの役に立ちたいと思っただけなのに……。

 この力を使っていけば正気を失って、他のラードロと一緒になってしまうのかも……。

 でも、もし使わなくてもラードロにはなるかもしれない。じゃあ、いっそ、このまま皆に迷惑をかける前に────』

「あぶない!!」

 ────ドン!!

「痛っ!?」

 ヒデヨシはミカエルに急に突き飛ばされ、地面を転げてしまった。

「なにするんですか!?」

 そして思わずヒデヨシは大きな声をあげるが、

「ぅっぐぁああああー!!!」

 ミカエルが、謎の影が出した禍々しいオーラに焼かれていた。ヒデヨシの代りに。

「み、ミカエルさん!」

「邪魔ガ入ッタカ。シカシ、勇者ノ側近ノ実力ヲ見テミルノモ良イカ……」

 そう言うと影は、ミカエルをオーラから出して、捨てるように地面に投げた。

「ぐっふぁあ……!?」

 ミカエルは地面にぶつかると一度跳ね、数度転がって地面に倒れ伏した。

「よくもミカエルさんを!」

 ヒデヨシは謎の影を睨みつける。

「ククク……。我ラヲ前二シテ正気ヲ保ッテイルトハ、流石ト言ウベキカ?」

 影は少し楽しそうに、しかし心の中で馬鹿にしたような笑いを浮かべた。

「気を付けろ、ヒデヨシ君……。やつが、自分を襲い、仲間たちを張本人だ……!」

「えっ!?」

「ネタバラシヲスルナ、畜生メガ!」

 そう言うと影は、自身の内側からひとりの半魚人を取り出し、

「彼は……!」

「ソウ、オマエノ仲間ダ! セイゼイ、同士討チヲ楽シメ!!」

 禍々しいオーラを口に注ぎ込んだ。

 ────ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

 内側から染み出したオーラはどんどん半魚人を包み込み、周りの石や砂を消し飛ばしつつエネルギーを蓄えていく。

「ぐぅぉあああ────!!」

 そして、その叫びが轟くや否やオーラが収縮し、禍々しい黒い身体になった半魚人が姿を現した。

 その中でも拳は特に禍々しいオーラをまとっている。

「サア、貴様ノ実力ヲ見セテ見ロ……」

「倒すゥ! うぐぉああああ!!」

 半魚人のラードロが唸る。

「くっ!」

 ヒデヨシは身構えるが、先程の事が頭をちらついてしまい、このを使う事に迷いが出てしまう。

 すると、ヒデヨシを覆っていた装甲の存在が希薄になった。

「ドウシタ? 戦ウ気ガ無イナラ、スグニ命ヲサシダセ。煩ワセルナ」

「いや、今は戦わないと……!」

 ヒデヨシが戦う意思を強めると、装甲は濃さを取り戻す。

「デハ、戦エ!」

「倒す……!」

 ラードロは命令に従い、ヒデヨシに攻撃を仕掛けた。

 ────ズドン!!

 タタラレの鋭いパンチをヒデヨシに撃ち込まれる。

「しまっ……ぐわーっ!!」

 タタラレの攻撃は凄まじく、ヒデヨシは咄嗟に背中の装甲でガードするも、耐え切れず吹き飛んで岩に叩きつけられた。

 ヒデヨシは今受けた大ダメージもさることながら、精神の不安定さで変身を維持できなくなり、元のハツカネズミの姿に戻ってしまったのだった。

 絶体絶命のヒデヨシとミカエル。しかし、メーシャがここに来ることはない……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る