第11話 『むつかしい事すっと、お腹ぺこぺこりん』

「ドラゴンの怪物、ラードロだっけ。強いかな?」

 メーシャがデウスに訊く。

『弱い事はねえだろうな。軍を送っても返り討ちなんだからよ。はっは~ん、怖気付いちまったんだな?』

 デウスが挑発するように言った。

「あはっ。あーしを試してんの? んなわけないじゃん。ワクワクしただけだし! それより、被害いっぱい出てんでしょ? この勇者メーシャちゃんが早く倒して、皆を安心させてあげないとね」

 メーシャが自信満々な顔で言ってのける。

『へっ、そうでなくっちゃな!』

「んじゃ、お腹も減ってきたしご飯食べよっかな」

 お腹をさすりながらメーシャが言う。

『下に食堂があったぞ』

「おけ。すぐ行こ、すぐたのも、すぐ食べよ。出発だー! えいえいおー!」

 拳を掲げ、メーシャはダッシュで下にある食堂に向かった。

 

 一階の食堂のテーブルに通されたメーシャは、メニューを渡されて大いに悩んでいた。

 宿泊客以外にも食事を楽しみに来た客で賑わっていて、メーシャが多少叫んでも大丈夫そうだ。

「なににしよ~? バウンド豚のほろほろ煮、アチアチ鶏のグツグツ激辛スープ、グータラ牛のソテー……。どれも美味しそうだ」

『つか、豚も鶏も牛も、お前の世界で食えるだろ』

 デウスは呆れたように言う。

「え? でもさ、あーしのいた世界とは味が違うかもじゃん!」

 ふくれっ面でメーシャが足をジタバタさせる。

「チウ……」

 さっきまで寝ていたヒデヨシが目を覚まし、ポケットから出てきた。

「お、ヒデヨシ。おはぴ。めちゃグッスリだったね」

 メーシャがヒデヨシをテーブルの上に移動させつつ頭を撫でる。

「チュワ~」

 ヒデヨシが大きなあくびをする。

「あ、そんじゃヒデヨシも食べられるやつじゃないとだ! えと、辛い物はダメだよね? つか、ここペットオーケーなの?」

 メニューから目を離して、メーシャは周りをキョロキョロと見渡す。

『ペットてより、モンスターがダメなだけで、動物は禁止されてねえぜ』

「おー! 流石デウス、物知り~」

 メーシャはオーバーなくらいのリアクションをとる。

『てめ、俺様を馬鹿にしてんだろ!』

「チッチウ」

『おいヒデヨシ、お前まで俺様をポンコツ扱いすんのかよ!』

 どうやら、ヒデヨシもデウスをからかったようだ。

「あ、デウスってヒデヨシの言葉分かんの? イイな~」

 メーシャは羨ましそうにデウスに言う。

『おいメーシャ。お前、もしかしてヒデヨシの言葉分かんなかったのか?』

 デウスは心底驚いた様子だ。

「チ、チウ……?」

 まさかのヒデヨシもショックを受けている様子だ。

「分かんない。え、ちょっと待って、もしかして、分かると思われてたの?」

 メーシャもまさかの展開に驚いてしまう。

『ああ……。だってよ、ヒデヨシが、『お嬢様は無茶ぶりが過ぎますが、僕の事をよく分かってくれています』って言ってたから、てっきり……』

 どうやらデウスの話では、ヒデヨシは執事風の口調で話しているらしい。

「チウチウチウ! チ、チウ……?」

「マジか~。なんかショックだな、おねえさん。そだ!」

 メーシャは項垂れるも、一瞬で身体を起こし、手をポンっと叩く。

『なんだ?』

「チュ?」

「あんね、あーし天才じゃん?」

『知らねえけど、天才がどうかしたのか』

 デウスは軽く流して、何を思いついたのか尋ねた。

「反応うっす~い。もう! ……まあいいや」

 怒ったかな? と思ったらすぐに持ち直すメーシャ。

「チィチウ!」

 ヒデヨシがツッコミを入れる。

「あ、今のは『いいんかい!』でしょ! これは分かった。にしししっ。あ、違う違う。そうじゃなくて、ヒデヨシ、今晩は徹夜ね」

 メーシャはビシっと指を立て、ヒデヨシにウィンクした。

「チュ~……?」

 ヒデヨシがわけもわからず茫然としてしまう。

『あぁ、こりゃ無茶ぶりだわ……』

 デウスが渇いた笑いを漏らす。

「あんね、理由訊いて!」

 メーシャが楽しそうにふたりに言う。

『じゃあ、固まっちまったヒデヨシに代わって俺様が……。何で徹夜することになったんだ?』

「徹夜でヒデヨシのネズミ語? を、能力で取り入れていって、明日の朝にはマスターすんの! できるよね?」

 メーシャは自身の最高の閃きに、ニヤニヤを隠せない。

『できる。が、大丈夫なのか? 明日しんどくなるだろ』

「大丈夫だって! だってあーし、最長まる2日起きてたことあるし! 任せろ、この勇者メーシャちゃんにできない事はない!」

 メーシャは自信満々で、きっと誰に言われようと止める事はできないだろう。

「チウ~……」

『まあ、ヒデヨシに無茶はさせんなよ?』

 ふたりともメーシャの様子を見て諦めてしまったようだ。

「そうと決まればエネルギー補給だ。う~ん……。あ、これイイじゃん!」

 メーシャがとある料理に目を付けた。

「おばちゃ~ん!」

 ホール担当のおばちゃんをメーシャが呼んだ。

「は~い。何が食べたいか決まった?」

 おばちゃんはメーシャの呼びかけに気さくに応えた。

「えっとね、この“ドラゴンの骨付きステーキ”をひとつ! あ、ヒデヨシの分も」

 メーシャは人差し指をピンと立てて注文する。

「はい。ドラゴン骨付きをニンゲン用と、このおちびちゃん用ひとつずつね。飲み物はどうする?」

「どうしよ……。おばちゃんのオススメは?」

「あたしのオススメ? それじゃあ、シャワーレモンジュースかしら。ドラゴンの肉はこってりしてるから」

「そーなんだ。じゃあ、それお願い」

「はいはい。じゃあ、少し待っててね」

 おばちゃんが笑顔で言う。

「は~い」

 それに応えて、メーシャも元気よく返事をした。

『ドラゴンを食うのか。良いじゃねえか。へっ』

 デウスが満足そうに笑う。

「ね! とりあえずの目標がドラゴンのラードロ? 倒すことだから、異世界初のご飯にぴったりっしょ」

『お誂え向き、ってやつだな』

「チウ~」

 ヒデヨシも納得のようだ。

「────ヒョイ!」

 メーシャが急に何かを掴むような動作をする。

「チウ?」

 ヒデヨシが疑問に思って首を傾げる。

「──ヒョイ!」

 が、また何かを掴む動作をする。

『メーシャどうした、頭でも打ったのか?』

 デウスがからかう。

「チウチウ」

「──ヒョイ!」

 しかし、デウスのからかいはスルーして、ヒデヨシが声を出すたびに同じ動作をするメーシャ。

『もしかして、ヒデヨシの発した言葉を“奪って”自分のモノにしようとしてんのか?』

 デウスがメーシャの行動理由を理解して納得する。

 言葉を“奪う”と言っても、相手を話せないようにするのではなくて、音に乗せられた意味を拾って取り入れる感じだ。

「チウ~」

 困惑していたヒデヨシも納得の表情だ。

「──ヒョイ! そう、なんだけど……。なかなか難しいねこれ。チウチウとしか言ってないからイチコロかと思ったけど、“チウ”ひとつだけでも色々な意味を持たせてたりすっから、沢山のパターンとらないと理解できないわ」

 メーシャが『ふぃ~』とため息をつく。

『単語が多いのも大変だが、少ないのも少ないで大変ってこったな。へっ』

「とりま、ご飯の時にすんのは疲れるからやめとこ」

 テーブルに顎を置いてメーシャが言う。

「チウチウ」

『そうだな、ヒデヨシも落ち着いてメシが食えなくなっちまうしな』

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