第10話 『カーミラちゃんの目、金色に光ってた』
少し大きめの良い木の香りのする宿屋。
その二階にある一室にて、メーシャと兜を脱いだカーミラがテーブルをはさんで座っていた。
「陛下が何故ヒトを粗末に扱うのか、でしたね」
カーミラが指を組み神妙な面持ちでメーシャに確認を取る。
「そそ。あの王様、もともとあんなだったの?」
「いえ、もともとは臆病な王でした。ただ、臆病なおかげでリスクの高い行動や、戦争にならないよう心掛けることができ、それなりの国力を持つことができたのです」
「へー。って、苦~い!? なにこれ?」
メーシャがカーミラの用意したお茶を飲んで、ジタバタする。
「疲れに効く薬膳茶で、私の故郷に伝わるものです。メーシャ殿を労う気持ちを込めて作ったのですが、お口に合わなかったですか?」
カーミラが申し訳ないという風にメーシャに聞いた。
「……そうなんだ。めちゃ苦いけど、大丈夫、全部飲む」
メーシャはカーミラが気を落としているのを見て、飲もうと思ったのだ。
「無理なさらなくていいですよ。飲みやすいものを淹れ治しますので……」
「待ち! せっかくカーミラちゃんが気持ちを込めて作ったお茶を捨てるとか、ありえないっしょ! あーし、人の気持ち台無しにすんのキライだもん!」
カーミラが立ち上がろうとしたところを止め、苦い薬膳茶を一気に飲み干した。
「あ!」
「にっが~い! でも、口が慣れてくるとなかなか悪くないんじゃん! あんがとね、カーミラちゃん。にしししし~」
メーシャはカーミラに満面の笑みを向けた。
「……ありがとうございます、メーシャ殿。実はそのお茶、亡くなった祖母がよく淹れてくれていたものなんです。ですから、思い入れも強くて……」
「そか、イイおばあちゃんだったんだね」
「え、何で分かるんですか?」
「だって今、凄い優しい顔してたもん!」
メーシャがカーミラの頬をツンツンと触って教える。
「ふふっ。そうでしたか。……メーシャ殿の言う通り、良い祖母でした」
カーミラは昔を懐かしむ。
「話、脱線させちゃったね。もどそっか」
余韻に少し浸ってからメーシャが言った。
「そうですね。陛下は、怪物が姫殿下を攫った後から変わっていったのです」
真面目な顔に戻してカーミラが言う。
「なんかお姫様と怪物のいる所は分かったけど、膠着状態なんだっけ? つか、なんで怪物? に入られちゃったの?」
メーシャはダニーから聞いた事を思い出す。
「話せば少し長くなりますがいいでしょうか?」
「うん、聞かせて。やっぱ、事情が分かった方が力も貸しやすいし」
「では、半年ほど前の深夜の事です。臆病な陛下は、昼と変わらない厳重な警備を敷いていました。ですが怪物は、誰にも見られることなく城内の至る所に侵入していました。まさかの事態に城内は混乱状態でしたが、私達騎士は怪物を倒しつつ、急いで陛下や殿下のもとに向かいました。ですが、陛下たちを襲っていたドラゴンのような怪物は桁違いの強さで、私は陛下を逃がすのが限界でした」
「そんな強かったんだ」
メーシャが少し驚く。
「はい。騎士もあっという間に半数がやられ、私もひん死の重傷を負ってしまい、姫殿下までは逃がす事ができなかったんです。そして怪物は姫殿下を攫って飛び去ったのです。『これから“あの方”が世界を総べる王になる。故に、この姫はあの方が王になった時の為の捧げものとする』と言い残して」
「やば! つか、“あの方”って何なの?」
「“あの方”というのが何者かは分かりません。隠密部隊を送ってもすぐに通信が途切れ、軍を送れば全滅か敗走。そのドラゴンの怪物ですら倒せず、姫殿下も救出できない我が軍では、“その先”を考えることすら敵わないのです」
「う~ん、“あの方”ってのがラスボスなんかな~……」
メーシャが呟く。
「何か言いましたか?」
「いや、続けて」
「分かりました。そして、姫殿下が攫われるのを許してしまい、一向に取り戻せない我らを、陛下は次第に信用できなくなり、命も粗末に扱うようになりました。騎士の皆は、陛下が姫殿下を大事にしているのはよく見ていますから、これまで強く進言できなくなっていたんです」
カーミラは悲しそうな顔をする。
「そっか~。カーミラちゃんも大変なんだね」
メーシャが肩をポンポンと優しく叩く。
「ありがとうございます。……そんな時に、『神が勇者を選んだ。間もなくこの世界に降り立つ』という噂が広がったんです」
「おお! そんで、あーしが来たの?」
「いえ、今までに数百人以上の勇者が尋ねてきました」
「え、そんなに勇者っていんの?」
メーシャが訝し気に訊く。
「いえ、断定はできませんが、全員偽者でしょう。中には武器も魔法もまともに使えない者もいましたし。ですが陛下は、偽者でも娘を助けてくれるならと、初めは協力は惜しみませんでした。とは言っても、流石に毎日勇者と名乗る者が押し寄せて来て『お金お金』では、陛下の人間不信も拍車がかかり、ご自身が受けたお告げの勇者であるメーシャ殿相手であっても、あのような態度になってしまったのです」
「そっか、少し可哀そうな部分もあんだね、王様」
『お告げは俺様がしておいたんだぜ。その辺は抜かりねえ』
自身満々にデウスがメーシャに言う。
『デウスは抜かりばっかだけどね!』
メーシャが心の声でツッコむ。
『そ、それはお前の世界と俺様の世界の常識が違うんだから、大目に見てくれよ! な?』
「はい。ですが、メーシャ殿には失礼をおかけしました」
カーミラが頭を下げる。
「いいって、いいって、あーしはもう気にしてないし! 頭上げて、カーミラちゃん」
軽い感じでメーシャは言った。
「……ありがとうございます」
「気になったんだけどさ、その、“怪物”と、“モンスター”って違うの?」
話がひと段落したところで、メーシャが疑問に思っていた事を訊いた。
「違いますね。モンスターは“魔石”を心臓部として“魔力”で動く意思をもったモノの総称です。因みに、ヒトや動物は魔石ではなく位正真正銘“心臓”で血液を送り、脳が身体を動かしています。どちらも身体に“魔力”が流れているのは変わりませんが。そして、怪物はこの星の外にあるという“魔界”からやって来たモノ達で、基本的に魔力をもっていないんですよ」
「そうなんだ。え、あーしは? 魔力帯びてる?」
メーシャは、魔力を帯びていないと怪物なら、魔法の無い世界の自分はどうなんだと思ったのだ。
「え、普通に魔力を感じますけど、どうかしたんですか?」
カーミラが予想もしていない質問に困惑する。
「ああ、いや、勇者ってどうなんだろうな~って、思っただけ」
「そうですか、なら良いですけど」
何とかカーミラは納得してくれたようだ。
『メーシャの世界は、今でこそ魔法は廃れちまってるが昔は普通に使われてたんだぜ。だからお前だけじゃなく、もともと皆の体ん中に魔力が流れてるんだよ』
デウスが捕足を入れ、
『へ~。そうだったんだ。あんがとね、デウス』
メーシャが心の中でお礼を言った。
「そだ、“基本的”にってのはなんなの? 魔力がある怪物もいるってこと?」
「怪物はモンスターや、ヒトを含めた動植物の身体や魔力を奪って、自身の身体にしたり操ったりもできるんです」
「こわ! だから魔力もってるのがいんだね」
「そうです。それで、身体や魔力を“奪って”行くことから、“ラードロ(盗む者)”と呼ばれていたりもしますね」
「ふ~ん。ラードロか……。気を付けないとね」
「はい」
「そだ。なんか、洞窟の怪物? を倒せって言ってたけど、ドラゴンの方はいいの?」
「今この町にある兵は町を守るので手一杯なのでその怪物にまで手が回らないのと、ドラゴンの怪物はとても強いので、メーシャ殿には実力を示して欲しいのです」
「実力が足りなかったら?」
真剣な面持ちでメーシャが訊いた。
「早急に実力をつけて貰うだけです。少なくとも私を軽く倒せる程度は必要ですね。時間が無かった場合は、まあ、そのままで挑んでもらいます……」
カーミラの目が怪し気に光る。
「こわ! これは気合い入れてがんばんないとだ!」
と言いつつ、メーシャはワクワクしているようで、口角が上がってしまっている。
「ふふっ。期待していますよ、メーシャ殿。まだ弟を放っておくことができないので、私は旅に参加できませんが、出来る事があればいつでもいってください。協力します。では、そろそろ私は戻ります」
「そうなんだ。ちょっと残念だけど、仕方ないね。あんがとね、色々教えてくれて」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます。メーシャ殿が陛下に“ガツン”としてくれたの、スッキリしました」
カーミラが爽やかな笑顔でメーシャを見る。
「それは良かった! またあの王様が変な事してたら教えて。すぐにあーしが“ガツン”とすっから!」
メーシャが拳を軽く握り、笑顔を返す。
「はい。その時はお願いします」
「んじゃ、バイバイ。カーミラちゃん!」
メーシャはカーミラに手を振る。
「はい、さようなら。メーシャ殿」
そう言ってカーミラは部屋を出ていった。
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