第9話 『120万ドーロは、だいたい120万円みたい』

「こ、これは何事ですか!?」

 謁見の間に戻ってきた大臣が狼狽える。

 それもそのはず。ぶち破られた扉は謁見の間の前の階段に転がり、入ってみれば壁に埋まった玉座に床に転がる国王、そして初期位置から殆ど動いていない騎士たち、ボロボロじゃないところを探す方が難しい壁。そして、巨大な触手を持ってゴキゲンな勇者がいたのだ。

「お、おぉ……。帰って来たか」

 王は倒れたまま顔を上げ、大臣に声をかける。

「これは、どうなされたのですか!」

 大臣が王のもとに駆け付ける。

「色々あってな……。しかし、戻って来てすぐで申し訳ないが、この勇者メーシャ“殿”に120万ドーロと、許可証を……」

「許可証? 何のですか?」

「この国のなかであればどこに行っても良い、そしてもし勇者殿が困った場合、国から力を借りられる許可証じゃ」

「そんな、先程まで守銭奴と呼んでいたにも係わらず、どのような心境の変化でしょうか!」

 大臣は狼狽える。

「ええい! はよう、せぬか!」

 しかし、王はそれを許さず、大臣を急がせた。

「は、はは~!」

 大臣が慌ててまた部屋を出ていった。

「ちゃんとダニーにもごめんなさいを言いなよ?」

 メーシャが王に言う。

「も、勿論じゃ。それに、もうヒトの命を軽々しく扱う事もせぬ!」

 王がよろよろと身体を起こしつつメーシャに言った。

「おけ。いままでの悪い事が許されるわけじゃないけど、これからの悪い事はなくなったわけだかんね! それは誇っていいよ」

 メーシャが王に微笑みかける。

「ああ、勇者とは“格”が違うのじゃな……」

 力なく王が言うが、それはメーシャには聞えていない。

「戻りましたー!」

 大臣がダッシュで戻ってきた。

「めちゃ早いじゃん」

「よし、ではそれを勇者殿へ」

 王が大臣の持っているカードを指さす。

「ははっ。……では勇者殿、これを」

 大臣が慎重にそのカードをメーシャに渡す。

「これはなに?」

 メーシャがその緑色のカードを見回しながら大臣に訊いた。

「これは電子決済ができるカードなんですが、それと同時に、危険区域や関係者以外立ち入り禁止の場所に入るための許可証、そしてメーシャ殿の身分証明書にもなります。ですので、決してなくされませんようお気をつけください」

「へ~、便利じゃん。あんがとね!」

 メーシャは礼を言って、スマホケースの中にしまった。

「はい」

「んで、王様。あーしはまず何すればいいの? 初めっからその、“ゴッパ”? ってやつのところには行けないでしょ」

「そうじゃな……。まずは西の洞窟に現れた怪物を倒してほしい。その怪物は近隣の家畜や作物を襲っているが、いつ住民に直接被害が出るかわからぬからな」

「確かにほっといたら危なそうだ。おけ、あーしに任せとけ!」

 メーシャが笑顔でピースをする。

「任せたぞ。それと、困った事があればいつでも力になるからな」

「うん」

「では勇者殿、お気をつけて……」

「んじゃ、またね」

 メーシャは手を振ってこの場を去った。

 

『くくく……。やっぱ、おもしれえ女だぜ!』

 デウスが楽しそうに言う。

「チウ」

「え、なんで? そだ、デウス! あんな王様だって知ってたわけ?」

 メーシャがデウスを問い詰める。

『あ、まあ、知らなかったと言えば嘘になるな』

 デウスは苦笑いしながら答えた。

「じゃ、なんで教えてくれなかったの? つか、なんでこの国にしたの?」

『それは、この国じゃねえとダメだからだ』

 デウスはさっきまでのおちゃらけた雰囲気を捨て、真面目に言う。

「そうなの?」

 その様子に、メーシャも真剣な面持ちになる。

『身体を奪われたって言ったろ? その身体の反応が、この国にあんだよ。それに、もしその力を敵側が利用できちまうなら、放っておけねえ』

「そか、ならここしかないね。がんばんないと」

『ああ。ま、やるときにやってくれれば旅自体は楽しんでくれていいんだがな』

 デウスの声色が柔らかくなる。

「それはいわれなくてもするし!」

 メーシャが『にししし~』と笑いつつ、城の門をくぐった。

『あ、誰か近づいてくんぞ』

「ん? ああ、ほんとだ」

 後ろに振り返ると、先程謁見の間にいた騎士のひとりがメーシャに向かって走って来ていた。

「メーシャ殿、お待ちください!」

 騎士鎧を着て走って来たにも係わらず、息切れひとつ起こしていない。相当な体力があるのだろう。

「なに? つか、もう止まってるけどね。あはっ」

「先程は失礼しました。そして、ありがとうございます」

 そういって頭を下げた後、騎士はメーシャの前で初めて兜を脱いだ。

「あ、女の子だったんだ! 兜つけてっと、全然わかんないね」

 メーシャが楽しそうに言う。

 それは黒髪で、耳が尖っていて、きりっとした顔立ちの女性だった。

「まあ、女の子というほど若くはないですが……」

 騎士が少し照れながら否定する。

「そんな、おばあちゃんみたいなこと言って~。お姉さん何歳なの?」

 騎士の肩をポンポンと叩きながらメーシャが訊く。

「200歳です……」

 騎士がぼそっとつぶやく。

「え、マジで!? すご! なんでなんで? あ、もしかして耳尖ってっし、エルフとか?」

 メーシャはもう上がらないのではないかというくらいテンションを上げてはしゃぐ。

「いえ。確かに私はエルフの血をひいていますが、純粋なエルフというわけではありません」

 少しバツの悪そうな顔で騎士が言う。

「じゃあ、ハーフエルフ?」

「期待を裏切るようですみませんが、それも違います。私のエルフの血は少しだけ、殆どはニンゲンのものです。それに、角はないですがオニも混じっていますね。メーシャ殿のいた国ではどうか知りませんが、少なくともこの国では、身体特徴だけでどの様な種か判断するのは難しいんですよ。それに、皆が皆明確な種であるわけでもありません」

「そうなんだ」

「はい。それに身体的特徴によってコンプレックスを抱いているモノもいますので、余程親密でもない限りあまり訊きすぎない方が良いかと」

「おけ。なんかごめんね! 別にお姉さんを困らせたかったわけじゃないんだ。ただ、テンション上がっちゃってさ」

 メーシャが騎士に申し訳なさそうに頭を下げる。

「いえいえ、頭を上げて下さい! 私はただメーシャ殿がこの先傷ついて欲しくなかっただけで……」

 騎士が慌ててメーシャを止めた。

「ん、なんで? あーし、騎士さんになんかしたっけ?」

 メーシャが顔を上げて首を傾げる。

「ダニエル」

「ダニーがどうかしたの?」

「ええ。ダニエルは私の弟なんです。私は王に忠誠を誓う身ですから、陛下に逆らえば弟や他の家族まで危険にさらす事になってしまう。ですから、さっき陛下が弟を使い捨ての駒と言った時に怒ってくださって、とても感謝しているんです」

 落ち着いてゆっくりと騎士は話した。

「そっか。お姉さんは近衛兵? かなんかだよね。王様はお姉さんとダニーの事知ってるの?」

「知らない、と言うより憶えていないでしょう。私が一度教えましたからね」

「つら。何で王様あんなだったか、訊いてもいい?」

 悲しそうな声でメーシャが騎士に言う。

「ええ。ですが先に宿に参りましょう。立ち話は疲れてしまいますからね」

 騎士は手をパンッと叩いて提案した。

「あーしは良いけど、お姉さん仕事は大丈夫なの?」

「はい。メーシャ殿はこの国に明るくないですよね? ですから、それをお手伝いするとあれば陛下も文句は無いでしょう」

 騎士は『ふふふ』と笑って指を立てる。

「お姉さん、笑顔いいじゃん!」

 メーシャも釣られて笑顔になる。

「そうだ、いつまでもお姉さんでは呼びにくいでしょうから、私のことは“カーミラ”とお呼びください」

「おけ。名前知ると、なんか一気に仲良くなった気がすんね。じゃあ、カーミラちゃん、いこっか!」

「うふふっ。はい、行きましょう!」

 こうしてふたりは宿に向かった。

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