初陣と3つの黒い影

第5話 『うっかりデウスと、ハイテクなファンタジー』

 メーシャの世界は夜になっていたが、この“異世界”はまだ昼過ぎくらいであった。

『まあ、昼のが何かと動き易いだろうから、時間合わせといたぜ』

 デウスがメーシャに語り掛けるも、返事はこない。

『……おい、聞いてんのか?』

 デウスが痺れを切らして再度話しかける。だが、

「きゅ~……」

『何やってんだ……?』

 メーシャは“異世界”に着いて早々、平原の真ん中で五体投地よろしく地面に倒れっぱなしであった。

「めちゃ身体重いんですけど」

 重力で頬が押しつぶされて面白い顔になりながら言う。

『あ……』

「あ! 今何か思い出したっしょ! 重要な何か! 言ってみ? お姉さん怒んないから! 言ってみ?」

『いや、絶対怒るパターンじゃねえか! ふざけんな、そんな言い方されて誰が言うんだよ!』

「いや、普通に言わないとダメっしょ。つか動けないし、ほっぺ痛いし」

 メーシャは冷静にツッコミを入れる。

『ちっ。……重力がメーシャのとこの倍以上あんだよ、ここ。だから……』

「だから?」

『重力に耐えられるように調整してやろうと思ってたんだ。思うだけで、忘れちまったがよ。へっ』

 デウスは悪びれもせずに冗談ぽく言った。

「へっ。じゃねえ! 調整しろし! いくらあーしでも、流石に重力は“奪えない”って~!」

 メーシャが倒れたままじたばた暴れる。

『俺様に命令すんのか。ますます、おもしれえ女だぜ!』

 デウスはクククと笑う。

「もう怒ったかんね! 今は姿見えないけど、見つけたら絶対にガツンといってやるんだから! 待ってなよ!」

 打ち揚げられた魚よろしく、地面の上で暴れるメーシャ。

『やれるもんならな! へっ』

「く~! ……あ!」

 悔しそうにしていたメーシャが突然暴れるのを止める。

『どうしたんだ?』

「えっとさ、重力なんて奪わなくていいんじゃん!」

『何でだ? これから蛇みてえに這って進むのか』

「あほか! 違うし。あんね、あーしの体重、“重さ”ってのを奪っちゃえば、別に重力に悩まなくてもいいんじゃね? ね、名案っしょ!」

『……』

 それを聞いてデウスは黙ってしまった。

「あれ、そんな都合よくいかない感じ? 体重が自由自在って夢じゃん。一石二鳥だ~、とか思ったんだけど……」

『すげぇ! メーシャ、それはマジの名案だ! 考えもしなかったぜ! さっそく、やってみてくれよ。へへっ』

 デウスはもう、待ちきれないといった感じだ。

「なんじゃそりゃ! まあいいや。じゃあ、いくよ~。……あ、ごめん待って」

 と言いつつメーシャは中断してしまった。

『なんだよ、どうした。興が削がれちまうじゃねえか』

「あのさ、この“奪う”ってやつの決めゼリフないの? 名前とか」

『あ~、ねえな。今まで気にしたこともなかったから、考えたこともねえ』

「ってことは、あーしが勝手につけていいの?」

『勝手にしな。それはもう、メーシャの力だろ』

「りょ! んじゃ、どーしよっかな~」

 相変わらず頬が地面につぶされながらも、ウキウキで考えるメーシャ。そして、待つこと10秒。

「……決めた。今度こそいくよ~。メーシャミラクル!」

 地面に倒れながら腕を伸ばし、足に角度をつけ、ポーズを決めた。

『……おもったより普通の名前だな』

「きゅぴーん! 勇者メーシャ、ふっかーつ!」

 身体が光に包まれたかと思うと、メーシャは自身の“重さ”を奪って、すくっと立ち上がった。

『本当にやってのけた! こいつはクレバーだぜい! くぅ~』

「そういや、“奪った”やつはどこにいくの?」

 余韻に浸るデウスをよそに、メーシャの頭に疑問が溢れてしまう。

『……せっかく褒めてんのにスルーか! まあいいや。えっとな、俺様が昔用意した、何でも置き場みたいな空間だ』

「何でも置き場?」

『分かりやすく言うなら“アイテムボックス”だ。今俺様は使ってねえから、ほぼお前専用みてえなもんだ。まあ、容量がいっぱいになるこたあ無いから、じゃんじゃん使え』

「めちゃ便利じゃん! いいね、いいね」

 メーシャは目を輝かせてぶんぶんと拳を振る。

『ま~あ、俺様の自信作だからな! 感謝するこったな! へへっ』

 褒められてデウスは天狗になるが、

「そんじゃ、とりま、あっこに見える町に行こっか」

 メーシャはそれを聞いていない。平原をまっすぐ行った先に見える大きな町に夢中だった。

『いや、そこ無視されると恥ずかしいだろうが!』

「んあ? あーごめん。もっかい言って」

『悪魔か! もう一回とか、もっと恥ずかしいわ!』

 デウスが不貞腐れる。

「あははっ。ごめんごめん、実はちゃんと聞いてるし。自信作なんでしょ? ほら、感謝してっから機嫌直して」

 メーシャが軽い感じで謝る。

『……そ、そうか? なら良いんだけどよ』

 謝罪と感謝の言葉を聞いて、デウスは機嫌を直した。

「よき。んでさ、あの町の真ん中らへん? に、お城みたいなの見えるんだけど、あれってほんもの?」

 『へへっ。正真正銘の本物、しかも今も使われているやつだぜ! やっぱ、冒険のはじまりは城下町と相場が決まってるからな!』

「お~! すげー! もう行くしかないっしょ!」

 そしてテンションマックスでメーシャが歩き出した、その瞬間。

「ヂウ……!」

 ヒデヨシが苦しそうにポケットから顔を出した。ヒデヨシには地球の倍以上の重力が、今も体にのしかかっているのだ。

「やば、忘れてた! ヒデヨシめちゃぐったりしてんじゃん。ヒデヨシ、しっかりして。ヒデヨシー!」


「────とうちゃ~く!」

「チウ!」

 メーシャとヒデヨシが楽しそうに言う。洋風の家や店が建ち並び、賑わった町だ。

『ヒデヨシ、すっかり元気だな。あのままポックリいっちまうかと思ったぜ』 

 ヒデヨシは“メーシャミラクルで”身体がが軽くなり、すっかり元気になったのだ。

「ほんそれ! 心配しまくったし。元気になって良かったね、ヒデヨシ!」

「チウ~!」 

 メーシャの肩に乗って元気に返事をした。

 ────プップー!

「うおっと!? え、なになに?」

 道路の真ん中を歩いていたメーシャに、突如クラクションが浴びせられる。

「あぶな! え、今の車?」

 慌てて道路の脇に移動しつつ、メーシャが驚いた。

『ん? 車だけど、そんなもん普通だろ』

「マジで……?」

 メーシャは愕然として、その場で固まってしまった。

 それもそのはず。メーシャは異世界と聞いて、てっきり中世ヨーロッパ“風”の文明を想像したにも係わらず、よく見れば車は普通に通っているし、すれ違うヒト達はスマホのような物まで持っている。それに、道路は舗装されていて、遠くには高い建物まで見えた。

『なに驚いてんだ? お前んとこだって同じか近いくらい発展してんだろ。それに、こっちは普通に魔法があんだ、むしろ発展しない方がおかしいだろ、俺様の世界をなんだと思ってんだ』

「え、じゃ、じゃあ。石鹸とかの作り方知ってても無双できないの?」

 メーシャがあわあわとデウスに訊く。

『ったりめーだろ! つか石鹸なんざ、メーシャの世界だって何千年も前に作ってんじゃねーか!』

「えー! いつか日がこんな来ると思って、せっかく作り方覚えたのに……。あ! じゃあ、甘いって味覚を教えてあげたり、お肉焼いてみたりして大金持ちに~、ってのは?」

 一縷の望みをかける。

『ねえ! ほんと、何だと思ってんだ』

 みごとにそれも断ち切られてしまった。

「ひゃー! 無慈悲だ~……」

 メーシャがその場で倒れこむ。

『つか、周りのヒトたちにめちゃくちゃ見られてるけど、いいのか?』

 道行くヒト達がメーシャをジロジロ見ている。確かに、当事者でなければメーシャはひとりで騒ぐ、おかしな人にしかみえないだろう。

「ほんとだ、みんな見てんじゃん。つか、なんかみんなファンタジーだ……」

『ごら、見とれてねえでさっさとズラかるぞ。おかしなヒトなんて思われたら勇者の名に傷がついちまう』

「────?」「────!」「────……」

 周りの人達は、メーシャを見ながら何やら言っている。言葉は分からないが、良い事を言っている風には見えない。

 「ん? 何言ってんだ? まあいいや、とりま、退散だー!」


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