第4話 『いってきます、いってらっしゃい』

「そだ! ねえデウス、ちょっと家に帰りたいから待ってもらっていい?」

『あん? なんでだ』

「今から世界を救いに旅にでるわけっしょ? パパとママに行ってきますしないと、心配かけちゃうじゃん」

『確かにな。んじゃあ、先そっちのゲート開くぜ? だが、まあ、手早くな』

 目の前に黒や紫が混じったような渦が現れる。

「お! これに入ったら、家帰れんの? めちゃ便利だし! てか、こんな事できんなら、家から通いで異世界に行けないの?」

『無理だ。いくら俺様といえど、別の世界を超えるのはなかなか骨なんだからな。マジで必要な時だけにしてくれ』

「ほ~い。じゃ、入るね」

『ああ』

 メーシャがゲートに入る。

「え、マジじゃん! 家の前に着いてる。すご!」

 ゲートを越えると、高層マンションのとある部屋の前。つまり、メーシャの住んでいる家の前に着いていた。

「チウ~……」

 ヒデヨシが気弱に鳴いた。

「大丈夫だってヒデヨシ! また注射されそうになったら、あーしが止めてあげっから!」

「チュー」

 ヒデヨシが期待を込めた目でメーシャを見る。

「任せときな!」

 そう言って、メーシャは家のドアを開けた。

「ただーまー!」

「おかえりー」「遅かったじゃないか」

 挨拶をすると、メーシャの両親が出迎えてくれた。

「ごめんごめん。ちょっと、釣りしてたの」

「ま、釣りならしかたないが、遅くなるなら連絡くらいしなさい」

 パパが腕を組んで言う。

「つか、よく考えたら、パパがヒデヨシに注射しようとしたから飛び出たんじゃん!」

「パパ~。ヒデヨシはもうペットなんだから、実験に使わないって、約束したでしょ?」

 ママが指を立てる

「でも、この実験が成功してたら、ヒデヨシも“スーパー”な感じになるはずで、そうしたら皆喜ぶかなと……」

 ママの援護射撃で、パパはしどろもどろになってしまう。

「その、“スーパー”っていうのがどんなのかは知らないけど、言い訳は聞きません」

 ママがピシャリと言ってのけた。

「ごめんなさーい……」

「ったく、ヒデヨシは家族なんだよ? もう、実験したらダメだかんね!」

「はい」

 パパはふたりに怒られてしょんぼりしてしまった。

「ヒデヨシ、もう大丈夫だよ」

 メーシャが声を掛けると、ヒデヨシがブレザーのポケットから飛び出してメーシャの肩に登る。

「チウ!」

 そして、少し怒ったようにメーシャパパに声を掛けた。

「ああ、ヒデヨシか。すまなかった。もう実験はしないから大丈夫だよ」

「チュ~」

 ヒデヨシはパパが謝ったのを確認すると満足して、またポケットに戻った。

「ヒデヨシ、なんだか賢くなった?」

 ママが疑問をくちにした。

「やっぱ、 そんな気がするっしょ? だから、その内なんか芸でもやって貰おうと思って」

「それは良いかもしれないね」

「ねー」

 ママとメーシャが意気投合する。

『おいメーシャ、別れの挨拶すんじゃなかったのかよ! なんで玄関で話し込んでんだ」

 痺れを切らしたデウスが割って入った。

「ああ、忘れてた」

「何を忘れてたんだ?」

「カバン?」

 両親が首を傾げる。

「あー! カバン、それにヒデヨシのお家のケースも忘れちゃったし! 取りに行かないと」

 確かにそのふたつは、先程の海の堤防に置きっぱなしだった。

『いや、そんなもん後でいいから、“行ってきます”をしてくれよ。お願いだぜ。今ゲート繋ぎっぱなしで結構疲れちまってんだ……」

 デウスが切実な感じでお願いする。

「おけ。じゃあ、伝えるわ」

「メーシャ、誰かと話してるの?」

 ママが訊く。

「うん」

「耳に何も付いてないみたいだけど、骨伝導かなにかか?」

「う~ん……。そんな感じかな?」

「それで、何? “伝える”って」

 ママが心配そうに言う。

「えっとさ、あーし、勇者になって異世界? ってのを救うことにしたから!」

 メーシャは腰に手を当て、どや顔で言った。

「「……え?」」

 ふたりはポカンとする。

「あ、信用してないっしょ?」

 メーシャがむっとして言う。

「まあ、にわかには信じられるわけはないだろ。そんな、勇者とか、異世界とか。なあ、ママ」

 パパが同意を求める。が、

「すごい! さすがメーシャね!」

「ええ……」

 止めるどころか、ママは子どものように目を輝かせてしまっている。

「ね! ママなら信じてくれると思ってた!」

「あ、でも異世界って事はなかなか家に帰って来れなくなるの?」

「そうみたい」

「そっか、あんまり無理しないようにね」

「うん!」

「えっと、その、ふたりは良いかもしれないけど、僕は自分の目でその、証拠? を見てみないと何ともいえないな……」

 パパが刺激しないようにそっとふたりに言った。

「ああ、やっぱ見たい? おけ。んじゃ、見といてね~」

 メーシャが意識を集中させる。

「いくよ~。メーシャミラクル!」

 ────ポン!

「うお!」「すごい!」

 突然メーシャの手に巨大なタコの触手が現れて、両親が驚く。

「これ、さっき倒した黒いタコさんの足」

 特に自慢するわけでもなく、メーシャは何でもないように言った。

「おいおいおい。この太さ、そうとう大きいぞ、何mあるんだ……。これ、本当にメーシャが倒したのか?」

 パパが生唾を飲んで、引き気味に訊いた。

「そだよ。めっちゃ大きかったし!」

「そうか、メーシャは嘘がつけないタイプだったもんな……。はあ、そんな怪物級のサイズを相手にして、倒してしまったというなら、もう僕も止められないよ。やるならとことん、頑張ってきなさい」

 パパは優しくメーシャの異世界行きを許可した。

「あんがと」

 メーシャは少し照れ臭そうに、髪をいじりながら言う。

「そんな貴重な経験は、お金をだしても買えないわ。学校とかこっちの事はママたちが何とかする。だからメーシャ、無茶だけしないように、せいいっぱい楽しんできなさい。もしダメなら、すぐに帰ってきなさい。……ママが行くし」

 ママが恥ずかしそうに言う。ママも、“勇者”とか“異世界”だとか、“世界を救う”というワードが大好物だからだ。

「残念、ママの出番は来ないし! あーしがちゃちゃっと解決しちゃうかんね。ね、ヒデヨシ~」

「チウ~」

 メーシャが楽しそうに笑う。

「ほんと、残念。……まあ、メーシャが楽しいのが一番だけどね!」

「じゃ、そろそろ行くね」

「あ、ヒデヨシも行くのか?」

 パパがポケットに入りっぱなしのヒデヨシを見て言う。

「そのつもりだけど、なんで?」

「いや、何となく聞いただけだ」

「そか。なら良いけど」

「じゃ、行ってらっしゃい。気を付けてね、ヒデヨシも」

「持って帰れそうなら、お土産期待してるぞ。ふたりとも、いってらっしゃい!」

「おけ! んじゃ、いってきまーす!」

「チュチュ~イ!」

 メーシャとヒデヨシは元気よくパパとママに別れを告げた。


「んじゃ、いっちょ世界救いに行きますか!」

 カバンを回収したメーシャは、気合いを入れて言う。

「チュー!」

『期待してるぜ。何たって、俺様が選んだ勇者なんだからよ!』

 メーシャの目の前に背の丈ほどの渦、ゲートが現れる。

「デウス、見込みあんね。声かけたのがこの“ギャル番長”なんてさ!」

『ギャル番長か、ぴったりだな。何ならいっそ、俺様の世界でもそれで行くか? へへっ』

「何言ってんの! 勇者は職業で、ギャル番長は“ふたつ名”。共存できっし!」

「くくっ。やっぱ、おもしれえぜ!』

「じゃ、勇者メーシャちゃん、しゅっぱ~つ!」

 こうして世界を救いに、勇者は異世界へ旅立ったのだった。

 そう、ギャルの勇者が世界を救うのだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る