10ループ目の妹は悪役令嬢な私の為なら神をも倒す!

齊刀Y氏

第1話

「聞いてくださいお姉様! お姉様は将来超破滅します!!!!」


 朝の空気が冷たく、そして爽やかに地を湿らせる頃、愛すべき妹が突如として庭に猛ダッシュで現れ、そんなことを言い出した。


 金色の美しい髪は乱れ、まるで廃墟に絡みつく蔦のような様相になっている。

 可愛らしい容姿が台無し……と思ったけれど、そんな髪型になってなお妹は可愛いかった。

 流石は私の自慢の妹。


 けれど、姉の役目として放っては置くわけにはいかない。

 私はカバンから櫛を取り出すと、妹の髪を整える。

  

「何をしてるんです! 妹の話をちゃんと聞いてましたか? ガゼボでのんびりしている暇なんてありませんよ!」

「なんでこの建物ガゼボっていうのかしらねぇ」


 髪をくしけずられながらも、妹は騒がしかった。

 まあ、そこがこの子のいいところなんだけど。


 ちなみにガゼボとは、休息や展望を目的に庭園に置かれたひらけた建築物のことである。

 公園にある屋根付きのベンチみたいな場所を思い浮かべてくれれば、それがガゼボで大体間違いない。

 日本風にいうならあずまやとなる。


 私は毎朝、ここで庭園を眺めながらのんびりとした時間を過ごすのが日課だった。

 そんなのんびりとした時間は、妹によってもう壊されてしまったようだけれど。

 まさにブレイクタイム休憩


 それにしても私が将来破滅する?

 我が妹ながらおかしなことを言う。

 私は微笑みながら言葉を返した。


「ハナ、私が破滅することくらい知っているわ。だって、我が儘なんだもの」


 そう言ってみたものの、別に我が儘で破滅するとは思っていない。

 ただそういう仕組みだと知っているだけ。

 

 私はこの世界の展開をある程度理解していた。

 だって、この世界はゲームで、私は悪役令嬢なのだから。





 『ハナのマジカルエデンライフ』。

 ゲームの名前はそんな感じだったと思う。

 曖昧なのは、私はこのゲームに実はそんなに詳しくないからだ。


 そう、SNSのタイムラインで流れてくる情報だけで私はこのゲームを理解している。

 いわゆるミリしらな状態。

 ジャンルが育成系?なことすら曖昧にしか知らないくらいだ。

 それでも私は私が死ぬことは知っている。


 私の名前はアンジェラ・アスキュー。

 このゲームにおいては最後にラスボスにその体を乗っ取られて、醜悪な怪物となり、元の体は破裂して死亡する役回りだ。

 あんまりにもあんまりな死に様なので、ゲームをしたこのとない私ですらその死に様は知っている。


 お話としてはアンジェラは大変な悪女なので、さほど問題にされない。

 中ボスを倒したらラスボスが中ボスを殺しつつ現れたみたいな感じだ。

 

 でもアンジェラが善人だったら?

 ……結果は変わらないだろう。

 私は化け物になって死ぬ。

 ラスボスは私の血に流れる強大な魔力を狙っているだけであって、私の人格は関係ないのだ。


 つまり、私が善人になったところで、みんなが悲しむだけで、むしろ事態は悪化している。

 だから私は一つの結論を持った。

 どうせ死ぬなら悲しまれずに死のうと。


 だからこうして我が儘を言いつつ、何もしない日々を過ごしている。

 ただのんびりと誰の注目も浴びずに、むしろやや嫌われつつ、いずれ死ぬ日を待つ……。

 

 そうすれば妹はきっと死なない。

 

 妹も私と同じ血を引いている以上、ラスボスに乗っ取られる可能性はある。

 それだけは絶対に許せないことだった。


 そう、妹は絶対に死んではならない……。

 だって妹は、ハナは、主人公なんだから。


「ふふふ、そう言われて妹が驚くとでも思いましたか! お姉様がそう言うことは知ってるんですよ!!!!」


 ビシッと指を突き立てながら、妹は高らかにそう言った。


 し、知っている?

 それはおかしい、私は誰にもそんな気持ちは話したことがないのに。

 というか、今日の妹はどこかおかしい気がしてならない。

 おかしな子ではあったけど、ここまでおかしくはなかったはず。


「どうして知っているの? そもそも、何で急に私が破滅するなんて言い出したのかしら?」


 考えても分からないので、純粋に疑問を口にしてみると、妹は小さな胸を大きく張って答える。


「よくぞ聞いてくれました! いいですか、実は、私、未来から舞い戻ってきたんです!」


 バッを手を広げ、堂々とそう宣言する妹の姿に、私は流石に目を丸くした。

 このゲーム……ループものだったの?



 


「この目で見たんです! お姉様が千年前に世界を闇に沈めたという悪の魔術師ベルンカステットに体を乗っ取られて死ぬ姿を!」


 続け様に妹の口にした情報は私の知るラスボスの名前と一致していた。

 その名前は一般には知られていないはずだ。

 つまり、本当にループしている?


「貴女……どこでその名前を聞いたの?」

「いやだからこの目で見て聞いて知ったんです! もう私が美男美女に囲まれてウハウハになってたら急にそんなことになるんですもん!」


 驚くことに妹はどうやら本当に未来から来たらしい。

 これは……面倒なことになった。

 

「……ハナ、それは悪い夢を見たのよ。全部忘れましょう?」

「い゛や゛で゛す゛! というかお姉様はなぜそんな毎回毎回逃げ腰な態度なんですか!」


 なぜと言われると、それはもう妹に死んでほしくないからなのだけど、それを口にするとぷりぷり怒りそうだし、どうしようかな……。


 ん、あれ? 毎回毎回とは?

 まるで何度も私が妹のループを否定しているかのような言い方だけれど。


「というか、それだけじゃないんです!」

「えっ、それだけじゃない?」

「妹はもう10ループ目なんですよ!!!!!!!!!!」

「えぇ……」

「これまでの9ループではお姉様に説得されて、協力体制を作れませんでしたが、今回は負けませんから!」


 恐るべきことに妹のループ回数は1回ではなかった。

 じゅ、10回って……。

 いくら何でも多すぎる……!

 というか、10回も繰り返して私がそれでも死ぬ状況とは一体。


「お姉様全然協力してくれないんですもん! いいですか、私は1回目のループでなんとかベルンカステットをお姉様が乗っ取られる前に倒したんです!」

「えっ、そんなことできたの?」


 私は妹の話に素で驚いてしまった。

 伝説の悪の魔術師をまさか1ループで倒してしまうとは。


「出来たんです! でも今度は濡れ衣を着せられてお姉様、処刑されちゃったんです!」

「あら……極悪人ね私」

「お姉様は超善人ですから! それで2回目のループは濡れ衣着せた連中をぶっ飛ばしてベルンカステットも最速で倒したんです!」

「凄いわね貴女……」


 流石主人公としか言いようがない。

 我が妹ながら誇りに思うわ……。


「なのにお姉様! 聞いてください! 魔王が復活してお姉様を乗っ取りにきたんです!」

「魔王なんていたのねこの世界……あと、私ってそんなに乗っ取りやすいのかしら?」

「すっごい貴重な魂らしいんです! 闇属性の魔力に最適で、それを食うと魔力が5千兆倍になるという!」

「そう言われると悪い気はしないわね」

「悪いですから!」


 私が思っている以上に、私の体は悪の存在に大人気らしい。

 というか、5千兆倍ってなに?

 芋虫でも世界最強の存在になれそうな数値じゃない?


「流石に魔王は手強くて、3回目から5回目までのループで情報を集めて6回目でなんとか倒すことが出来たんです!」

「もう勇者じゃない貴女」

「でも魔王の裏には魔界神がいたんですよぉ!!!!」

「どんどんレベルアップしていくのね」


 途中に処刑が挟まったのがもはや癒しになっているほどのインフレ具合。

 私ってそこまでのトラブルメーカーだったのか。

 

「7回目で、魔王を倒す前に魔界神の封印された壺を割ればいいことを知って、8回目で実践するも四天王の妨害に会って失敗して、9回目でついに魔界神→魔王の順で倒してことなきを得たんですが……」

「順番が重要なのね」

「お姉様の存在は争いの元だからって神々が現れてお姉様を消しちゃったんです! 酷くないですかー!? こんなの反則ですよ!!!!!」

「私は神々が正しい気もするのだけど……」


 妹は嘆くけれど、もうそこまで来ると仕方がない気がしてならない。

 私を中心に悪の魔術師やら魔王やら魔界神やら現れすぎである。


 もう全てが私さえいなければ起きなかった戦いだと思うと心苦しさがすごい。

 今すぐ死んだほうが良い気もしてきた。


「おおっと! 自殺しようとしましたね! それは7ループ目で学習済みなんですよ!」

「嫌な学習させてしまってごめんなさいね?」

「とにかく! もう私と愉快な仲間たちでは限界なんです! お姉様も協力してください!」

「事態は私が協力して解決するレベルだとは思えないのだけど……」


 むしろ悪化する気さえする。

 なにせ悪の魔法に最適な悪魂の持ち主。

 運悪くその辺の魔物とかに食われたらその魔物が魔王になりそうだ。


「神々が相手なんですよ!? つまりもうお姉様の悪魂を使って善人ぶった神連中を逆に倒すしかないんです! 魔王とかにも協力させてやるしかないんですよ!!!!」

「とんでもない発想してるわね貴女」

「もうこれしかないんです! お願いします! 妹、何でもしますから!」


 妹は膝をついて、地面に頭を擦りつけるように、深々と頭を下げた。


 そ、そこまでするの!?

 い、いや、そんなこと妹にされる姉は姉失格だから!

 それと髪がまた乱れちゃうから!


「顔を上げてハナ! ……あのね、どうしてそんなに私を助けようとしているの? 私、我が儘で何もしない女のはずよ」

「そんなの……そんなの決まってます」


 顔を上げた妹の目には大粒の涙が溜まっていた。

 真っ赤な顔で妹は、必死に叫ぶ。


「お姉様は私のお姉様だからです! 一生お姉様じゃないと嫌なんです! ぐうたらでも、我が儘でも、お姉様は世界一優しいお姉様なんです!」

「ハナ……」


 ハナのその顔を見て私は理解した。

 私はどうやらずっと失敗し続けていたらしい。

 誰にも好かれないように生きてきたつもりだったけれど……妹に甘くしすぎていた。

 だって、可愛いんだもの……。


「ごめんなさいねハナ、私が悪かったわ」

「じゃあ協力してください! 妹が頭下げて頼んでるんですよ! ほら! 地面に頭擦りつけて!」

「それは今すぐやめなさい」


 妹の首根っこを掴んで無理やり起こしつつ、私は彼女を椅子に座らせると、汚れてしまった顔をハンカチで拭った。

 もはや涙なのかドロなのか分からない有様に、少しおかしくなってまう。

 

「協力する。協力するわハナ。私は正直、私が死んでもいいと思うけれど、でも、貴女のために生きてみようと思う」

「もうそれでいいです! 妹のために頑張って生き汚く延命してください!」


 こうして私は10ループ目の妹と、死なない為の冒険を始める。

 敵は悪の魔術師に魔王に魔界神に神々。

 とてもじゃないけれど、勝てる気はしない。

 けれど、今回は妹の為に頑張って生きてみよう……必死に、生き汚く。

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10ループ目の妹は悪役令嬢な私の為なら神をも倒す! 齊刀Y氏 @saitouYsi

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