第7話 調教日誌4 忘れちゃいけないもの
それからの数日間は本当に楽しかった。
ありふれた日々。
なにもつらいことなんてなかった。
外に出かけて、一緒にご飯を食べて、話をする。
一緒にゲームをしたり、笑いあったり、手をつないで、インゼの笑顔を見るたびに俺は、胸がぽかぽかする。
なんて心地よい日々なのだろう。
こんな日がずっと続けばいい。
そう思っていた。
だが、このままで、僕は幸せなのだろうか。
彼女は幸せなのだろうか
もっとできることがないだろうか。
「なぁ、インゼ」
「なぁに」
お気に入りのおとぎ話を読んでいるインゼに僕は話しかける。
「インゼに夢はないのかい?」
「夢……夢ってなぁに」
「そうか、夢っていうのはね、憧れてなりたいもののことさ、なんでもいいんだよ」
「なんでも―――?」
「そう、なんでも、下品なことはいっちゃ駄目だよ」
「うん、わかった。インゼはね、歌手になりたい!」
「歌手かぁ、素敵な夢だね」
「うん!私はね、昔、私が100歳くらいかな、幼いころにおかあさんに歌をたぁくさん教えてもらったんだ」
「そうなんだ。今度聞かせてもらえないかな?」
「うん、ルブならいくらでも聞かせてあげる。お母さんほどじゃないけれどね―――おかあさん、おかあさんってなんだっけ。とっても大切な人だったような」
「………………ッ」
俺は家族の概念すら忘れてしまった彼女に言いようのない複雑な感情が生まれる。
「おかあさん、おかあさん、とってもあたたかい、やさしくて、なんでも話を聞いてくれた、大切な人。とてもとても大切なひ―――」
そういうと彼女はなぜか、涙を流す。
「あれ、なんで、涙がでてくるの?――――」
俺は彼女を抱きしめる。
「もういいんだ、もう」
「おかあさん、おかあさん――――」
そういってなんどもおかあさんといいながら彼女は泣く。
とっても大事なものを思い出したのだ。
そして、彼女の母親はもう―――。
「ごめんね、インゼ、ごめんね」
俺は一緒にインゼと泣く。
「あいたいよ、お母さん―――」
彼女の鳴き声だけが部屋に木霊する。
「いっぱい、幸せになろう、歌手になって、お母さんに聞いてもらうんだ」
「うん、うん」
泣きべそをかきながら、彼女は確かに自分の幸せを思い浮かべられた。
その代償にとても辛い記憶も思い出させてしまった。
知らなくていいことはこの世にはたくさんある。
思い出したくないこともたくさんある。
だけど、それがあるからこそ幸せが「幸せ」であるような気がする。
俺は、彼女を泣かせてしまった。
もう、泣かせはしない。
俺は、彼女を幸せにする。してみせる。
それは、冒険者としてなんとなく過ごしてきた僕にはなかった確かな目標だ。
「インゼ、笑おう。辛いときにはいっぱい笑うんだ。そうすれば―――」
「インゼ、もう泣かないよ―――」
忘れてはならないものを彼女は思い出して、前を踏み出す。
俺は、無理して笑う彼女を再度抱きしめる。
時間だけが過ぎていく――――。
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