第43話 好事魔多し①

 「ボブが得点ランキング3位まで上がりましたね」


 シュート練習の順番待ちの間に山内が話しかけてきた。

 だが珍しいな。チーム最優先の山内がそんな個人記録を口にするとは。


 「そうか。福島でのハットトリックが効いたな」

 「はい、得点王が見えてきたんで更にやる気が出たようです」

 「ほぅ、そういうことかあの張り切りぶりは」


 「その口ぶりではご存じないかもしれませんが馬場も6位につけてます」


 「そうか!新人で得点王争いとは凄いな。シーズン序盤を思うと感無量だ」

 「はい、それで馬場もさらに張り切っているようです」

 なるほど。山内が言いたいのはそれだったか。


 「馬場は張り切り過ぎると危険だな」


 「はい、長いシーズンを戦い切った経験がないですからね。いつ体が悲鳴を上げても不思議じゃありません」

 「だな。トレーナーに注意するよう言っておこう」

 「それが良いと思います」

 「それから得点王とか新人王とか余計なことを考えてプレーに影響が出ないようにさせないとな」

 「その通りなんですが・・・」


 「バーバ!ユーはもうゴールしなくてイイね!ノーモアゴール!分かるカ?」


 ボ、ボブゥ・・・お前のエゴイストぶりだけはバロンドール級だな。


 「ユーは新人キングでミーが得点キング!もうボブがそう決めたヨ」


 誰か止めろあの馬鹿を。


 「えー俺が新人王ですか?そんな無理ですよ・・・」

 「ファック!ファンのために絶対ならなきゃでショー!」

 「そ、そうですよね。サポーターや武者野さんの為にも狙ってみます!」


 よせー。そんな事は今考えることじゃないんだっ。

 あぁ、だがもう遅い。

 今から俺が注意しても心に新人王という文字が刻まれたまま消えることはない。

 まぁそれでも注意はしておくけどな。



 「どうでした馬場の様子は?」


 「良くないな。口では分かりましたと言ってたが、明らかに新人王を意識してた。しかもボブの得点王まで気にしてアシストする気でいやがった」


 「それは不味いですね」


 「ああ、アイツは体幹の強さと反応の良さでダイレクトシュートを決めてきたんだ。何も考えずにボールが来たら体が勝手に動く域まで達していたのに、余計なことが頭にチラついたら反応が鈍って元のボールロストマンに戻っちまう」


 「大事な首位攻防戦を前に頭が痛いですね。馬場はうちの最大の武器にまで成長したっていうのに」


 「お、分かってるじゃないか。実はボブより馬場の方が敵の脅威だよな」


 「はい、あのダイレクトシュートは厄介極まりないですから」


 「そうなんだよ。トラップしないから一瞬でやられる。だから敵さんは最初から密着マークするしかない。それでもマークをかわされて一瞬でやられる。そしてパニックになったディフェンダーがエリア内でファールしてPKを献上する。これは溜まらんよな」


 「お陰で俺はPKで着々とゴール数が増えてますよ」


 「いやいや、冷静にPKを決めれるお前も凄いって。俺にはできんことだ」


 「俺に自信を付けさせる為にPKを譲ってくれてるのは分かってますからね。俺はその期待に応えて行くだけです」


 「ま、それは措くとして次節の馬場がどうなるかだな」


 「はい、対応策は練っておくべきでしょう」


 「ふむ、最悪の場合レッドアポーズ戦は馬場を囮にするしかないな。それでボブにキッチリ責任を取ってもらうとしよう」


 「図らずも馬場がボブの得点王をアシストする形になりますね」


 「皮肉な話だ。とにかく馬場が駄目な時の戦術も考えておこう」




 11月の第二日曜日。

 J2リーグ第40節、ホーリーランズ尾道 VS 青森レッドアポーズ戦が俺たちのホームであるアニメイトスタジアムで開催された。


 レッドアポーズは僅か勝ち点差1で首位の俺たちに喰らい付く2位の強豪だ。

 優勝してJ1へ行くには絶対に勝たなければならない天下分け目の戦い。

 首位争いをしている3位水戸4位福島の試合結果次第ではJ2リーグ2位以内が確定してJ1昇格が決まるかもしれない。


 今日はそんなシーズンで一番大事な試合だった。まさに天王山だ。


 しかし今の俺たちが負ける訳がない。負けるが気がしない。

 前節の大勝で俺たちはまた貪欲さを熱さを取り戻した。

 心技体揃ってチーム一丸になっている今は勝つイメージしか湧いてこない。

 勝利は間違いない。あとはどう勝つか、それだけだ。

 まぁ余計なことを意識している馬場だけがちょっと不安材料ではあるが・・・


 「ホントに大丈夫ぅ? メッチャ嫌な予感がするんですけどぉ」


 「お前も余計なことばかり考えてるとまた蚊帳の外になるぞ」

 相変わらず試合直前に不吉なことを言う永田に釘を刺しておく。


 「蚊帳の外だけならいいがベンチ外もあることを忘れるなよ」

 「ヒャー、落武者恐怖政治ハンターイ」


 言いながらピューと永田は走り去る。だからその足は試合で使え馬鹿者が。

 他の皆はとっくに各ポジションに就いている。

 さあ、るか!

 気合を入れ直した瞬間、試合開始を告げるホイッスルが鳴った。




 「ボブを下げますか?」


 前半が終了したハーフタイムのロッカールーム。

 イエローカードを貰った野獣FWをどうするか監督にお伺いを立てた。


 「ほうじゃのう、3点リードしとるが、もしボブがもう一枚イエロー喰らって退場になったら一気に追いつかれるかもしれん。後半頭から交代じゃ」


 「俺もそれが良いと思います」

 「おう、ごねるボブはワシが押さえつけとくけー試合は任せたぞ」

 「任せて下さい。このクラブをJ1に昇格させて監督を男にしてみせます」

 「ワシのことはええが、後半はどうするつもりじゃ?」


 「心配した馬場がまさかの前半でハットトリックですからね。ボブがいなくなって更にマークがきつくなるでしょうから攻撃は永田を中心にして守備を固めます」


 「さすがじゃの。ワシが言うことは何もなーわ」

 「はい。じゃあ行ってきます!」

 ロッカールームから飛び出して行く俺の背中に監督が発破をかけた。


 「ワシじゃのうてお前じゃ。お前が男になるんじゃ!」


 

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現実のJリーグの新人王とは規定が異なる描写になっていますが、創作ということでスルーして下さい。

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