第42話 忘れかけていた生活感③

 「ムシャさ~ん、どうしちゃったんですかぁ? テンションおかしいですよー」


 試合直前、ロッカールームからグラウンドへ続く通路で永田に突っ込まれた。


 「そうか? いつも通りだが」


 「いやいやいやいやいや、いつもはロッカールームで監督の代わりに理路整然と作戦を語るのに、今日に限っては絶対勝つぞとか気合い入れてけーとか叫んだだけじゃないですかぁ?」


 「タクヤさんでもそんな日はありますよ」


 いつの間にか隣にいた山内がフォローしてくれた。


 「今日は首位争いしてる福島とそれもアウェーで戦うんですからね。変に気負ってやらかさないで下さいよぉ」


 「それは無理だな」


 「えええええええ」


 「残り4試合、勝ち点差3で3位にいる福島ピーチボーイズ・・・今日は完膚なきまでに叩きのめす!俺たちがチャンピオンなんだと徹底的に分からせてやる!」


 「ですね。連勝を二桁の10にして優勝への弾みにしましょう」


 「ふふふ、そして次節のホームで勝利し2位以内を確定させてJ1昇格をサポーター達の目の前でプレゼントできれば最高だな」


 俺はハイテンションで高笑いしながらピッチへ駆け出していった。

 そんな俺の後ろ姿を見ながら永田はため息をつく。


 「ホントに大丈夫ぅ? メッチャ嫌な予感がするんですけどぉ」



 試合開始前のピッチで俺たちは円陣を組んだ。


 「もうJ1昇格は決まったようなもんだと慢心するな!」

 「先のことを考えて怪我を怖がるようなプレーはするな!」

 「俺たちは泥臭く攻めて泥臭く守る。そして華麗に決める所は決める」

 「どんなプレーでも俺たちには叶わないと見せつけろ」

 「そうやって俺たちは残り試合全て勝つ!」

 「俺たちは優勝してJ1へ行く!」

 「その為の技術も体力も俺たちには備わっている。後は心だけだ」

 「思い出せ。どん底だった頃を。あの時の絶望を!飢えを!渇きを!」

 「忘れるな。どん底でも支えてくれたサポーターたちの顔を!」


 思い出したか? あの屈辱に歪んだ顔を・・・


 「それなのに俺たちがここで緩んでどうする!?」

 「J1昇格を、優勝を決める前に腑抜けてどうする!?」

 「だから俺は今日、パーフェクトを目指す!」


 「???」


 俺の真意を量りかねたチームメイトが疑問符を顔に張り付けた。


 「俺は今日、全てのパスを通す。100パーセントだ!」


 お、おおおお!

 意味を理解した仲間たちから雄叫びが上がる。


 「ハットトリックを決めたい奴はゴール前でフリーになれ!」

 おおおおおおお!!

 「今日はシーズン最高のゴール祭りだ!乗り遅れるなよ!さあ行けっ!!」

 うおおおおおおおおおおおおお!!!


 「本当に良いんですかぁこれでぇ?」


 皆が咆哮をあげながら各々のポジションへと走っていく中、永田だけは立ち止まって不安を口にした。


 「お前に分かりやすく言うなら、今の俺たちに必要なのは忘れかけていた生活感だ。この試合であの熱量を取り戻す。優勝してJ1へ行く為にな」


 「うぇ~また生活感ですかぁ」


 「お前が一番失くしてしまったようだが、テレビ出演はもう諦めたのか?」


 「あれはもう良いんですよ。だって今の僕ならJ1へ行って日本代表に選ばれるのは時間の問題ですからね。そしたらテレビの方から僕に出て下さいって頭下げに来ますって~」


 「だからそういう先の事は考えるなと言ったばかりなのにお前という奴は・・・まぁ良い。だが腑抜けたプレーをしたら即交代させるからな」


 「分かってますよぉ。だけど僕も忠告はしましたからね~」

 永田もやっと自分のポジションへ去っていった。




 「あーあ、試合前からずっと嫌な予感がしてたんだよなぁ」

 試合終了のホイッスルが鳴った時、茫然と空を見上げて永田が呟いた。

 俺はそのドリブル小僧に近づいて行きパンと尻を叩く。


 「だから言っただろ。お前の生活感が一番消えてるとな」


 「きょ、今日はたまたまですよぉ。シュート感覚がちょっぴり狂ってただけですってば~」

 「どフリーを4回も外しておいてその言い草。次節はベンチかもな」


 「えームシャさ~んそれだけは勘弁してくださいよぉ」


 「次節のホームで勝利すれば2位以内が確定してサポーターの目の前でJ1昇格をプレゼントすることができるかもしれんのだ。監督だってベストメンバーで臨むに決まってるだろ」


 「嘘だっ、先発メンバー決めてるのムシャさんじゃないですか! 監督がただの魔除けの怖い置物なのは皆とっくに知ってますって!」


 「む、ゴリ監督への侮辱は2試合出場停止と俺は決めている」


 「ほら!やっぱりムシャさんが先発決めてるんじゃないですか!問題ですよコレ!」


 「チッ、仕方ない。お前が次節までの練習で生活感を取り戻したら先発にしてやる。それに監督へのリスペクトは忘れるなよ」


 「監督をゴリラ扱いしてる人に言われてもなぁ」


 「やかましい。で、どうなんだ、やる気はあるのか?」


 「分かってますよぉ。見せてあげますよ僕の本気を練習で」


 「それでいい。まだ負けられない試合が3試合残ってるんだ。気を抜くな」


 「へーい。だけど今日のムシャさん異次元でしたね。何かあったんですか?」


 「ホーリーランズがJ1に行けるかどうかの瀬戸際だぞ。ここで冴え渡らずにどうする?ここで燃え上がらずにどうするっていうんだ?」


 「いやいやいや、それでもさすがに9アシストは異常ですってぇ」


 「お前が外して無ければ12アシストだったんだよ」


 「藪蛇ぃぃぃ、僕もう行きますね。何言っても怒られそうだから」


 言いながらピューと永田は消えていった。その足を試合で使え馬鹿者が。


 「ムーシャ!」

 「武者野さん!」


 サッカー選手兼ブルース歌手のボブが抱き着いて来る。

 秋も深まったが試合直後の火照った体には暑苦しくて仕方ない。


 「宣言通りにパス全部通ってました!やっぱり凄いですよ武者野さんは!」

 「ハットトリックできたヨー。ムーシャのパス最高だったヨー」

 「俺もハットトリックできたのは武者野さんのパスのお陰です!」

 「いやお前たちの実力だ。いくら良いパス出しても決められない奴もいるしな」


 こういう話の流れになることを察して逃げたか永田の奴め。


 「二人がハットトリックなんてJ2でも本当にレアですよ」

 「山内、お前も惜しかったな」

 「それこそ実力ですよ。あのフリーキックを決められないようじゃ俺もまだまだです。三人ハットトリックでチームに弾みを付けたかったんですが残念で仕方ありません」

 「うんうん、その姿勢が尊いんだよ。次も期待してるぞ」

 「はい。タクヤさんの期待に応えられるよう精進します」


 さて、首位の俺たちを追っていた3位の福島ピーチボーイズを11-1と粉砕してやったので勝ち点差が6になった。

 残り3試合なので逆転優勝される可能性もあるが今日のボロ負けでメンタルをガタガタにしてやったからまず大丈夫だろう。


 そもそも俺たちが残り試合を全勝すれば何の問題もない。

 絶対に勝つんだ。

 福島まで駆け付けてくれたサポーター達に挨拶しながら必勝を誓った。

 この大勝と夢のJ1昇格目前でみんな良い顔をしてる。守りたいその笑顔。

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