第37話 恋人クララの暴かれた秘密①

 J1昇格が現実味を帯びてきたことでフロントも動いた。


 クラブの経営拡大に着手し始めていた。

 その最初の小さな一歩が、新たなグッズ展開と新マスコットだ。

 俺の問題発言を逆手に取った「オフサイドって何?」Tシャツを売り始めた。

 サポーターだけではなく通販で全国的に売れているようだ。


 そして新マスコット「落武者クン」が誕生した。

 散切り頭で背中に矢が刺さっているという酷い姿だが、キモカワイイとウケは良いようだ。一応モデルとして喜ぶべきなのだろう。


 メインスポンサーのアニメイトも動いた。

 俺のサッカー人生を漫画にするというのだ。

 その為の取材を原作者から既に受けていた。本当にやるらしい。

 しかも、来年にはアニメ化を目指すという。J1に昇格したらという条件で。

 アニメの聖地にもなっている尾道は外国人観光客が多い。

 ホーリーランズ尾道のホームであるアニメイトスタジアムを新たな観光スポットにするという目論見もあるようだ。


 そんな感じで何もかもが好転し順風満帆だった俺の人生に、たった今、小さな危機が訪れていた。


 恋人クララからの電話だ。


 これから逢う予定だったのに仕事が遅れて俺の家に来れないという。

 明日からアウェー遠征の為にいなくなる俺はどうしても今夜クララを抱きたかった。

 これは不味い・・・

 クララとやらないと活力が湧かない体になっていた俺には深刻な問題なのだ。

 冗談抜きでアウェーでの試合に影響が出まくる。

 6連勝で波に乗っているだけに一度負けたら歯止めが効かなくなる恐れもあった。


 故に今夜はどうしてもクララと交尾しナイト!

 俺は諦めきれなくて食い下がった。

 「俺がクララの部屋に行くから頼む!逢いたくて溜まらないんだ!」


 「私の部屋は・・・ダメですわ・・・」


 またそれかっ。

 これまでも何度か部屋に招待して欲しいと頼んでいたが全て体よく断られていた。

 まぁ女の部屋はいろいろあるだろうからと無理強いはしてこなかったが、さすがにこれだけ懇願しても駄目というのは変だ。


 俺は初めてクララのことを疑った。


 ゴリ監督がクララを魔性の女だと評した時の言葉が思い出された。


 『ありゃあ心の中に薄暗いもんを抱えとる。じゃけえあがーなパリっと隙の無い格好をしとるのよ。あれは鎧なんじゃ。人に秘密を見透かされんためよの。己の中のドス黒いもんが外に漏れんようにしとるんじゃ』


 本当に俺に言えない秘密があるのか・・・?

 もしかしてお前、俺以外の男とも付き合ってたりするのか?

 だから俺を部屋にあげることができないのか?


 「・・・他に男がいるのか?」


 「な、そんなことある訳ありませんわ!」

 「だったらどうして俺を部屋に入れてくれないんだ?」

 「ですからそれは・・・」

 「クララ頼むよ・・・このままだと俺は狂いそうだ・・・」

 「あぁ・・・分かりましたわ。ですが一つだけ約束して頂きます」


 な、何だ?

 夕鶴みたいな展開になってきたぞ。

 まさか開かずの間でもあって覗いたら別れるとか言うんじゃないだろうな?


 「私の許し無しに部屋のものに手を付けないで下さい」


 「そんなのは当然だろ。俺をそんなマナー知らずだと思ってたのか?」

 「約束ですわよ。11時にいらして下さい。では失礼しますわ」


 ふぅ、条件付きだが何とかOKはもらえた。

 それに部屋のものに勝手に手を付けないなんて当たり前のことだ。

 条件でも何でもない。それで部屋にあげてくれるのなら楽なもんだ。


 俺は待ちきれなくて部屋を飛び出し車を走らせた。

 高速を使えばドアツードアで2時間弱の距離だから午後7時には着いてしまうが、住所しか知らないらので迷う可能性もある。迷子で情事がオジャンだけは避けたかった。


 現地に到着するとクララのマンションは直ぐに見つかった。

 かなり豪勢なところだ。さすが大正義毎朝新聞の有能記者だな。

 もしかしたら俺、年収で負けてるんじゃないか・・・


 近くのファミレスで食事をしてから、マンションの向かいのビルにある喫茶店でお茶を飲みながらクララの帰宅を待った。

 すると10時半頃にクララの車が駐車場へ入っていくのが見えた。

 直ぐにでも会いに行きたくなるのをグッと堪える。

 いろいろと準備があるだろうし見せたくないものもあるだろうからな。


 俺は11時ピッタリにクララのマンションへ行った。

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