第26話 モテ期トラップ②

 「そういえばボブはどうした? 今さら気付いたがアイツだけいなかったよな」


 既に練習場か?

 いやまさかあのボブが、なんて考えながら俺もクラブハウスを出る。

 あっという間にメディアやサポーターが群がってくるが、広報にブロックしてもらいつつ練習場に入ろうとすると、若い女性たちのキャーという黄色い歓声が聞こえて来た。

 いやこれマジで来たな、モテ期が。ムフフ。


 「ボブー! ボブゥゥゥウ! こっち見てぇー!」


 ボブかーい!


 嘘だろぉ、昨日のテレビ観てどうしたらそうなる?

 普通ドン引きだろ・・・分からん。女心ってのは摩訶不思議すぎる。


 一体どんな女たちなんだと黄色い声がした方を見ると、コギャルだった。

 絵に描いたような制服姿のコギャルたちがそこにいた。

 おいおい・・・俺は何とも言えない気分になり、さっさと皆がアップを始めているグラウンドへ走った。

 仲間たちが笑顔で迎えてくれる。それだけのことが今は心から嬉しい。


 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ


 いや、拍手までされるとさすがに照れるな・・・って、ええええ?

 仲間たちからじゃなくて練習場をネット越しに取り巻いてる大勢の見学者たちからの拍手だった!


 「武者野ぉおお、テレビ観たぞー」「武者野さーん!」「あんたスゲーよ!」「俺もオフサイド大嫌いだー」「あたしにもボールぶつけてー」「サインちょーだーい」「俺も見てるぞーお前をー」


 ハハハ、これもスタンディングオベーションというのかな。

 しかし、ウチの練習場にこれだけの見学者が集まったのって初めてじゃないか。

 子供はギリ夏休みだろうけど、大人は平日の朝だってのに大丈夫なのかよ・・・

 みんな・・・本当にありがとうな。

 仲間だけじゃなく、世間からも許された愛されたと実感させてもらえたよ。

 俺はグラウンドの四方に向かって拍手&お辞儀をして歓声に応えた。


 「やっとみんなタクヤさんの偉大さに気付いたみたいですね」


 体をほぐしていた山内が近づいてきてヤレヤレという感じで話しかけてくる。

 「まぁ天才というのは、いつの世も理解されにくいものですよ」

 「て、天才? そんなこと言われたのは初めてなんだが」

 「あれだけのことをした人が、今さら謙遜してどうするんですか。あれは紛れもなく天才の所業ですよ」

 周りで聞いていた若手や中堅たちが、そーですよ、天才ですよと同意しまくっている。


 「武者野さんは間違いなく天才です! 俺はもう迷いません! どんどん突っ込みます!」


 馬場がすっかり興奮した様子でまくしたてた。

 うーん、ここは下手に否定して水を差すべきじゃないな。

 このアゲアゲなノリは可能な限り維持しておきたい。


 「ま、俺を信じて走っておけって話だ」


 俺がそう言うと、仲間たちの闘志はさらにメラメラと燃え上がりオーと雄叫おたけびをあげた。


 大勢のギャラリーがいるせいもあって、皆が張り切って充実した練習になった。

 ハーフコートでの攻撃練習では俺がパスを出すたびに歓声や拍手が響きわたる。

 そして、ボブのプレーにも応援や笑いが起こっていた。

 もちろんボブは上機嫌だ。

 奴は練習を終えクラブハウスに戻る途中でメディアやファンに惜しげなくサービスしていた。


 俺はその隙を突いてささっとクラブハウスへ戻る。

 俺も可能な限りファンサービスをしたいがこの熱狂ぶりではパニックになるのが怖かった。



 「どこもお前が一面だ。こりゃ明後日のホームは開幕戦以来の満員御礼だな」


 ボブを囮にしてクラブハウスへ逃げ込みロッカールームで着替えていると、ゴールキーパーの沖田がスポーツ紙を3つ手渡してきた。

 沖田は今年、俺と同じようにJ1のクラブから移籍してきた男で同い年でもある。

 俺と沖田が35歳でチーム最年長ツートップだ。


 「昨日、雨が降って野球が中止になったからな。お前やっぱり持ってるわ」


 ああ、確かに雨が降ってた。それでセリーグは全試合中止で、パリーグの札幌と福岡のドームだけ開催か。

 スポーツ紙で野球の情報を確認しいてると沖田が先回りして教えてくれる。

 「だから、東京や大阪の大都市でもお前が一面だったぜ」

 「たった一晩でこうも評判が変わるとはな」

 「まったくだ。大バッシングから一転して武者野フィーバーだもんな。だがせっかくの追い風だ。とことん利用させてもらおうぜ。まずは明後日のホームをこの勢いで圧勝する」 

 「そうだな。逆にこの上昇ムードで勝てなかったら一気にチームが崩れるだろう。次の試合は本当に大事だ」


 「そういうこと。みんな舞い上がってるが俺たちだけでも冷静に勝ちにいこう」


 そう念を押すように言われた。どうやら、急激な変化に俺がついていけてるか心配させてしまったようだ。

 「サンキュー。俺はもう大丈夫だ」

 「そうか。分かっちゃいたが一応な。じゃあお先」



 「武者野さん、問い合わせ殺到で大変なことになってますよぉ」


 ロッカールームを出ると、広報の職員に押し寄せる取材依頼のことを告げられたが、全て次の試合後にスケジューリングしてもらった。次は絶対に負けられない試合だからな。


 クラブハウスの出入口前で番記者たちが待ちかまえていた。

 心なしか彼らの態度が丁寧になっている。

 スポーツミックス効果がここにも現れていた。


 記者から解放され、昼飯はどうしようかと考えながら帰ろうとすると女性に呼び止められた。


 「落武者さん!」


 誰だ? 俺は武者野であって断じて落武者ではない。

 んんん、確かこの女は・・・!?

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