第25話 モテ期トラップ①
一夜明けた翌日の金曜日、練習のためにクラブハウスへ
受付の若いお姉さんが飛びっきりの笑顔で挨拶してくれた。
そして、職員たちはひっきりなしにかかってくる俺への称賛と取材申し込みの電話にてんてこ舞いになってますよと教えてくれる。
そのお姉さんの顔がやたら近い。しかも
もしかして来たか、モテ期が。
おっと、今はそんな浮ついたことを考えてる場合じゃなかった。
チームメイトたちの再審の結果がまだ分かってないんだからな。
というのも、テレビ出演の件はクラブのフロントには出演許可を監督が無理やり取ってくれた際に伝わっているが、チームメイトには前節の試合翌日の月曜日に伝えていた。
その放送を観たうえでもう一度俺のことを判断してくれと頼んでいたのだ。
ロッカールームに入ると驚いたことに既に全員が揃って俺を待っていてくれた。
そんな皆をざっと見渡し、これなら大丈夫そうだと心の中で安堵のため息をつく。
チームメイトたちの顔は半々に分かれていた。
明るい顔をしているのは主に若手たちで俺のことをヒーローのように尊敬の眼差しで見ている。
暗い顔をしているのは主にベテランたちで今度は自分が罪人になったように申し訳なさそうな目をしていた。
しばしの沈黙がロッカールームに流れる。
誰もが何と俺に声をかけるべきか分からず口を開けないでいるようだった。
仕方ない。これもキャプテンの仕事だな。
「何も言わなくて良い。お前たちの気持ちはよく分かったから」
その一言で、ロッカールームの呪縛が解けた。
若手と中堅たちは次々と俺に向かって、感動したとか半端なかったとか声をかけてくる。
ベテランたちは、悪かったとか見直したとかアイコンタクトを送ってくる。
どうやら、俺はまたチームメイトの信頼を取り戻せたようだ。
よし、この熱いムードが残っている内にもうひと叩きしておくか。
「みんな聞いてくれ! テレビで観たと思うが俺の
うおおおおおおおお!!
ロッカールームに仲間たちの興奮の雄叫(おたけ)びが響き渡る。
うむ、これでいいだろう。この高揚感の共有がまたチームを一つにするはずだ。
やったるでーと叫びながら選手たちが練習場へと飛び出していく。
俺はその様子をよしよしと見ながら着替えを急ぐ。
「ムシャさ~ん、本当に凄かったじゃないですかぁ。僕も感動しちゃったな~」
その気色悪い猫撫で声に、思わずビクンと着替えの手が止まる。
永田か・・・一体どうしたんだこいつ。何を企んでいる?
「何が望みだ?」
「え、やだなぁ、僕は純粋に褒めてるんですよ。あの・・・上から目線能力でしったけ?」
上から目線能力とか的確な表現ではあるが俺へのディスが隠せてないんだよお前は。
「チッ、慣れない世辞はもういい。聞くだけ聞いてやるから言ってみろ」
「じゃあ言いますけどね、ちょっと酷いんじゃないですか?」
「何がだ?」
「テレビ出演に決まってるでしょそんなものぉ」
「んん? ああ、お前たちへの報告が放送の数日前になったことは悪いと思っているが、どんな編集がされるか分からなかったからな。動揺させて試合に影響させたくなかったんだ」
「そんなことじゃないですよ! 本当は分かってるくせにぃ」
「いや、スマン。素でお前が何を言いたいのかサッパリだ」
「もお、ボブですよボブ! なんで僕じゃなくてボブと共演なんですかぁ」
そうきたかー。
そうだった。こいつは見た目に反して中身はボブと同じ俺様エゴイストだった。
全国放送の超人気番組に出演なんて永田にしたらヨダレものの大好物だよな。
だがしかしバット、現実は厳しいのだ。それを教えてやらねばならん。
「ネームバリューの差だな」
「ぐ・・・」
「良くも悪くもボブは名前が売れてる。テレビ局がどちらを選ぶかは自明だ」
「だけど、今回はムシャさんがボブを指名したじゃないですか!」
「おまっ、どうしてそれを知ってるんだ?」
ボブ人気者化計画は俺と監督とフロント上層部だけの秘密だ。
正に今そうなってるように。
クソ、一体どこから漏れたんだ?
「ボブが自分で言ってましたよ」
ボブよ・・・俺の心を
「分かった分かった。次はお前を推してやるから練習だ練習」
「そんな適当なこと言ったって僕は騙されませんからね」
「いや本当だって。番組収録の後にカマちゃんから言われたんだ。また出てくれってな。だからホーリーランズが順位を上げてJ1に昇格しさえすれば、その話題性で確実にまた出演依頼が来る」
「あのカマちゃんから・・・それなら確かにありえますね」
「分かっていると思うが、俺がお前を推しても成績がパッとしなかったらどうにもならんぞ」
「見え見えですけど乗ってあげますよ、その尻馬に」
「俺としてもお前がチームを勝たせる為に本気になってくれるんならそれでいいさ」
「じゃあ取引成立ってことで」
永田は闘志を燃やした顔を初めて俺に見せるとハツラツとして練習場へ向かっていった。
出てきたじゃないか、生活感。
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