第21話 落武者Jリーガーの大逆転①
夕方から全国的に雨が降り続いている木曜日の午後8時。
俺とボブが出演するバラエティ番組「スポーツ・ミックス」の放送がついに始まった。
当然俺は収録された内容は知ってはいるが、その後にどんな編集がされたかは知る由もない。
最悪、肝心の部分は全部カットされてやっぱり俺は売名野郎だったと印象操作される可能性もある・・・
もしそうなったら、多少は落ち着いてきていたバッシングが再燃するどころか、あれだけのことをして反省すらしていなかったのかと倍返しで燃え上がることだろう。
その時は撤退か継続かで揺れているスポンサーたちが一斉に離れてクラブが破綻するかもしれない。俺がどうなるかは推して知るべしだ。
この勝負は超ハイリスクハイリターン。
永田のドリブル以上に危険だった。
俺は固唾を呑みながら番組を見守り続ける。
俺たちの出番がいつか分からないので、まだかまだかと脳や心臓から脂汗が出始めた。
番組が中盤のCMを終えてからも俺たちの出番はなかなか来ない。
まさか、カットどころかこのまま丸々全部俺たちのシーンをお蔵入りにするつもりか?
そんな妄想をするほど焦燥極まった頃、とうとう俺たちの出番がやって来た!
俺とボブがクローズアップされるのを観て思わずゴクリと喉がなった。
まずは俺の経歴とアシスト記録、通算オフサイド記録ゼロが簡単に紹介される。
それに対し司会の大物芸人カマちゃんが「へぇー」「ほー」といちいち感心して合の手を入れる。
そして例の毎朝新聞に載ったクララの記事がバンと劇的にテレビ画面へ映された。
ご丁寧に『オフサイドにかかる選手は無能でプロ失格。異論は認めない』のテロップ付きだ。
「落武者ぁ、お前これ、ほんまやってもうたな~」
カマちゃんにこの問題発言をさんざん弄られるが、俺は自分個人の信念ですからと謝罪も撤回もしない。台本に少し反することになったが俺は番組収録で自分を貫きとおした。クララの助言通りに。
「まぁま、いいですよ。実際にあなた、一度もオフサイドやらかしてないんですからね。そら言う資格ありますよ!」
落としておいて上げる。この辺のメリハリというか呼吸はさすがカマちゃんだ。
そしてここからだ。ここからが肝心のシーンだ。
ここからの編集の展開で俺の、そしてホーリーランズの命運が決まる。
知らず背筋が伸びた。
俺は裁判長の判決を待つ罪人のような心境でその時を待った。
そしてついにカマちゃんの口が開かれ、俺に裁きが下される。
「でもなぁ、嘘ついてまで売名したらアカンやろぉ、落武者ぁあああ」
落としておいて上げる、からの再落とし。
これがテレビだ。マスメディアだ。
テレビ画面には、中東イラブでの試合映像が流される。
中盤の右サイドラインでボールを持つ仲間にスッと寄っていく俺にパスが出る。
俺はトラップして前を向いた。
しかしその3秒後、急に右斜め後ろに体を向ける。
そして直ぐにボールを観客席上段に蹴り込んだ。
ここで試合中継のカメラが左サイド側の観客席からの俯瞰から、俺がいる右サイドのグランドレベルのカメラに切り替わる。俺はボールを蹴り込んだ観客席に向かって右手をVサインのように突き出していた。
表情は上げた右腕に隠れて良く見えない。
もし映っていたら会心のドヤ顔が見れたことだろう。
「キミ、これ何で後ろのスタンドに蹴ってんの? 毎朝にも嘘つくなて叱れてたけど」
「ナイフを持った男が見えたんでボールをぶつけました」
「斜め後ろのスタンドが見えるわけないやんけ! それもかなり上のほうやぞ」
「目で見たんじゃありません。俯瞰視の能力で見ました」
「最初の紹介ビデオで言ってたやつやな。でもグランドやのうてスタンドやぞ。ありえへんわ!」
「この頃は能力のピークだったんで、冴えてる時はスタンドまで見えてました」
「お前ほんま盛り過ぎるのもエエ加減しとけよ。なんか証拠でもあるんか?」
「暴漢の近くで一部始終をビデオに撮ってる観客がいました。その映像があれば事実だと分かる筈です」
「お前、ウチのスタッフにもそう言うて探させたらしいな」
「はい。撮影してる観客も間違いなく見ましたから」
「そうせんと番組にでーへんてお前が言うから、ほんまにスタッフが中東まで探しに行ったがな」
「ありがとうございます」
「お前ここまでさせといて、そんな奴おらんかったってなったら大変なことになるでー」
「分かっています」
「で、5日間も探し回ったスタッフから連絡ありましたよ」
いよいよ来た。
ここが本当の勝負所だ。
クソ編集だけは勘弁してくれ・・・!
「落武者、ほんまに残念やったけどな、ビデオ・・・・・・・見つかったわぁ」
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