第18話 魔性の女クララかく語りき④
クソ、このまま一矢も報いずにすごすごと撤退するのはあまりにも無念だ・・・
よし!
「中東の奇跡が本当に事実だったらどうします?」
「そんな仮定の話は無意味ですわ」
「俺が事実だと証明します。そうしたらどうしてくれます?」
「そんなこと出来るわけありませんわ!」
「言い切りましたね。でも俺は本当に証明してみせます。そうしたら謝罪記事を書いてください」
「な、私に死ねと言うのですか、この人でなし!」
謝罪記事書いたら死ぬとかどんだけプライド高いんだよ。
でも天然だから万が一があるな。怖いからやめよう。
「では謝罪記事はやめてあげますが、俺のお願いを一つ聞いてもらいますよ」
「くっ、このケダモノ!」
お約束の勘違いをしたクララは胸を隠すように両腕で体を抱いてクネクネと動く。
だからそういうの見せられたら俺の目覚めた男がうずいてしまうじゃないか・・・
ふぅ、とりあえず、最後の最後でクララを身悶えさせたので良しとしよう。
「ふふふ、今日の所はこれで勘弁してあげますよ」
「フン、貴方に許しを請う筋合いなどありませんわ」
言葉は不機嫌なのに、声色にはどこかウェットな響きがあった。
喧嘩した後に仲良くなるみたいなアレかな。言いたいことを言い合ったお陰でお互いに少し距離が縮まった感じがする。ま、俺の勘違いかもしれん。クララはクララだからな。過度の期待は禁物だ。
じゃあ今度こそ帰るとするか。
帰りましょうとアイコンタクトを送ると、監督は目をつぶり少し考えてから黙って腰を上げる。
あれ? まだ何か漏れがあったかな・・・でも立ち上がったから大したことじゃなさそうだ。
「本日はお忙しいところ時間をとっていただきありがとうございました」
記事の御礼も言ってから会議室の出口へと向かう俺の背中にクララが言葉をかけてきた。
「貴方の信念が本物なら、自分を貫きなさい。骨は拾って差し上げますわ」
クララの言葉に思わず振り返ると、彼女はこれまで見せたことのない慈愛に満ちた表情をしていた。
「まあそうゆうことじゃの」
監督がやっと本題に入ったかという感じで言った。
え、これだったのか? 監督の目的は。
もしかして、クララに俺の愚痴をリークしたのもこのため?
監督も俺の理解者としてクララを利用し代弁させたのか?
いやいやいや、さすがにそれは考え過ぎか。
とにかく情報量が多すぎる。帰って整理しなくては。
「ご忠告ありがとうございました。では本日はこれで失礼します」
早口でそう言って俺たちは会議室を後にする。
クララと監督の本意が何であるにせよ、今はそれは後回しだ。
結局、クララとの対決は何の成果もなかったんだから。
まずは差し迫っている問題に一刻も早く対処しないといけない。
急ぎ足で駐車場に向かいホームの尾道へと車を飛ばした。
夕方、クラブハウスに到着すると、数人のメディアと野次馬が待ちかまえていた。
それらをかわして事務所へ入ると、騒ぎはさらに大きくなっていた・・・
天下の毎朝新聞の威力はさすがに凄まじい。
クララの書いた記事をソースとした後追い記事が、スポーツ紙を中心に続々とWEB紙面に掲載されていき、ツイッターなどのSNSでもそれらが拡散されて露出が膨れ上がった。
トレンドに「プロ失格」「中東の奇跡w」「売名行為」「#落武者Jリーガーのビッグマウス」が入っているのを見て、かつて感じたことのない恐怖にカタカタと体が震える。
これまでにもプレーに関して厳しく批判されることはあったが、俺という人間をここまで不特定多数から扱き下ろされる経験はなかった。正直これは堪えた。体中から力が抜けていき心も委縮する。知りたくなかったこんな感情。
そんな俺の心情などお構いなしにバッシングの嵐はますます本格的にネット上で吹き荒れていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます