第15話 魔性の女クララかく語りき①

 「こんなこと俺は言ってないだろ!」


 クラブ職員にちょっと不味いことになってると毎朝新聞を見せられたら、ちょっとどころか非常に不味い事態になっていた。


 クラブハウスには朝から電話がバンバンかかってきてる。

 もちろんその全てがクレームだ。

 何様だ! J2のくせに生意気だ! お前こそプロ失格の三流選手だ! などなど。

 身の程知らず恥知らずと俺を罵る声が留まることなく浴びせられてきている。


 正に悪事千里を走るだな。


 四条さんの書いたサカペラの好意的な記事にはほとんど反応が無かったのに、立花クララの書いた煽り記事は一般のサッカーファンにも響き渡ったらしい。


 まぁそりゃあそうか。

 記事にも載っている通り、一定時間プレーしていてオフサイドに関わったことのない選手はJリーグで(恐らく世界中でも)俺だけなのだ。

 つまり、どの選手のファンだろうと俺にプロ失格と貶されたことになる。


 俺は日本中のサッカーファンを敵に回してしまった。


 さらに悪いことに、批判の対象はオフサイドの件だけではなかった。

 中東の奇跡の話が、まるで売名行為の俺の作り話のように書かれていたのだ。

 これについても容赦ないクレームが殺到していた。


 間違いなくこれはホーリーランズ設立以来最大の危機だな・・・


 スポンサーというのは当然だがスキャンダルを最も嫌う。

 チームのキャプテンが日本中のサッカー選手とそのファンに喧嘩を売るなんて以ての外だろう・・・冗談抜きで、下手をしたらクラブの存続まで危ぶまれる事態かもしれない。

 とにかく何か手を打たないと。俺は監督室へ走った。




 「申し訳ありませんでした」

 「お前のせーじゃなかろうが」

 意外にも監督は冷静だった。

 立花クララを狩りに行くまであるなと踏んでいた俺は肩透かしをくらう。


 「ですがこのままだとクラブの存続に関わります」

 「大丈夫じゃあ。ワシがそがーなことにはさせんけーの」

 何を根拠に言ってるのか分からないが説得力と安心感があった。少しだけ気が楽になる。


 「でも、立花クララには訂正記事を書くように苦情を入れないと」

 「あの魔女が承知するとは思えんがのお」

 「そうでしょうね。だけど、直接何か言ってやらないと気が済みませんよ」

 「ほーか、好きにせえ。ワシも付き合うちゃるわ」

 それなら百人力だ!

 俺は早速、クララの名刺にある電話番号を押していった。


 有難いことにクララは会社にいるようだ。

 彼女の机の電話に回してもらい、ホーリーランズの武者野だと告げる。

 すると、想定外な驚きの返事が戻ってきた。


 「あら、早速御礼の電話とは感心ですわね」


 こ、こいつ素でそれを言ってるのか・・・いやあの性格なら十分にありえる!

 とりあえず、ここは話を合わせてアポを取ることに専念しよう。

 「はい。そのことで直接お会いして話をしたいのですが、ご都合はいかがでしょうか?」


 「そうですわね。私としても会心の記事だと自負してますから、貴方の気持ちは良く分かります。ええ、よろしいですわ。今日の午後でしたら会社にいますからおいでなさい」


 くっ、やっぱりこいつ天然だった。

 「ありがとうございます。それでは近くまで行きましたらまたご連絡させていただきます」

 ふぅ、またとんでもないモンスター記者もいたもんだ。

 毎朝もよくあんなの飼ってるよなぁ。


 「タック。ワシはスタッフらに説明してから行くけえ、先に車を回しとけや」

 「はい、面倒をおかけしてすみません」

 そりゃあ言わん約束じゃと笑い飛ばして監督はスタッフルームへ向かった。

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