第14話 大正義新聞の魔女にご用心④

 仕事をしたカメラマンも帰って行き、真っ白に燃え尽きた俺がソファーでぐったりと座っていると監督がボソッと呟いた。


 「ありゃあいけんのお」


 「何がですか?」


 「ありゃあ魔性の女じゃあ」


 ま、魔性?

 またゴリ先輩らしくもない文学的な言葉が飛び出したもんだ。

 「確かに傲慢な女でしたけど、魔性とはまた高く評価されたもんですね彼女も」

 「冗談じゃあなーぞ。お前もはーあの魔女に魅入られとるじゃろ?」

 バクン! 心臓が跳ね上がる。

 バレていたか。さすがゴリ先輩、野獣の感の凄さだな。


 「魅入られるって程じゃないですが、見た目は結構タイプでしたね」

 「いかんのお。日本の男共は女の良さが分かっとらん」

 日本!

 急に主語がでかくなった。

 何を言おうとしてるんだこの人は?


 「お前もあの女の乳ばかり見よりよったよのお」


 バックンバックン! 心臓がスキップする。

 気づいてたのか。もう野獣先輩だろ。ていうか本人?

 「だ、大事な取材中にすいませんでした」

 「それはえーが、女の良さは乳なんかじゃなーぞ。そこは間違うたらいけん」

 「肝に銘じておきます」

 そうだった。監督は古風なゴリラだった。

 女性の内面を大事にするし乳に拘りなど無い。

 実際に奥さんも巨乳ではなかった筈だ。

 あぁ、獣欲に駆られた自分が酷く汚れた人間に思えてきた。

 ここは素直に反省しよう・・・


 「尻じゃ」


 「はい?」


 「じゃけえ尻じゃ。女の良さは。それが分かっとらんのよ。日本の男はのう」


 そっちかあ。

 そんな俺の生温い目線など意に介さずシリスキー先輩は持論を語る。


 「日本の男が乳のでかー女をチヤホヤするけー女も勘違いするんじゃ。そんで乳に詰めもんしよる。ほんま負の連鎖よのお。その点、さすがにブラジルの男はよー分かっとるわ。尻が正義じゃとの。ほじゃけえ女も尻に詰めもんしよる。みんなプリプリで凄いことになっとるんじゃ。ほんま尻パラダイスよのお」


 尻パラ!


 そんな昭和臭が漂う言葉を散りばめながら監督の尻語りは3分続いてやっと終わった。

 しかし、監督がここまで長々と語るのは初めて見たわ。よほど日本の乳信仰に鬱憤が溜まっていたんだろうな。


 「尻を分からんお前があの女に惹かれるのは仕方なあが、十分に用心せーよ」


 そうだった。

 まさかの尻話で忘れていたが、もともと立花クララにご用心という話だった。

 「了解です。ただ、そこまで心配する必要が本当にありますかねえ」

 「あるのお。お前という人間が捻じ曲げられてしまうかもしれん」

 「さすがにそれは大袈裟でしょ」


 「尻が分からんと心も分からんか。ありゃあ心の中に薄暗いもんを抱えとる。じゃけえあがーなパリっと隙の無い格好をしとるのよ。あれは鎧なんじゃ。人に秘密を見透かされんためよの。己の中のドス黒いもんが外に漏れんようにしとるんじゃ」


 「そういうことだったんですか・・・」

 なるほどと思いながらもどこまで信じていいか分からない俺は曖昧な返事しかできなかった。




 4日後、立花クララの書いた俺の記事が毎朝新聞のスポーツ面にでかでかと載った。


 そしてクララが予言した通り、俺は一躍時の人となる。


 その一番の要因が、俺の上半身写真に被せるように印刷された大きな文字だった。俺が言った言葉としてそこに載っていたものがこれだ。


 『オフサイドにかかる選手は無能でプロ失格。異論は認めない』

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