第10話 サカペラJの女神をお持ち帰り③
ときめきモードのまま俺たちはクラブハウスを出た。
四条さんはこの後、俺のインタビュー記事を書かないといけないだろうから、今は誘えないな。せめて連絡先だけでも訊かないとと考えていたら、思いがけず向こうから誘ってきた。
「これからどこに連れて行ってくれるんですか?」
「え、いいんですか?」
「だってまだ聞いてませんから。通算オフサイド記録ゼロの話」
そうだった。すっかり忘れてた。
でも四条さんの方は確信犯だ。
完全にこれは型にはめられてるな。でもそれでいい。
俺は尾道の名所を車で案内してから、隠れ家的な小料理屋で夕食を共にし、そのまま四条さんをマンションへお持ち帰りした。
「今日の取材って本当にお見合いだったんだね」
数年ぶりの体験の後、俺はベッドの中で四条さんの耳元に囁く。
「はい、うちのデスクが喜村監督と懇意にさせて頂いてるそうです。それで私に白羽の矢が立ちました」
まぁ考えてみればそうだよな。こんな上品で育ちの良さそうな女性が、今日仕事で初めて会っただけの男といきなりこんな事にはならないよな。最初からある程度織り込み済みだったわけだ。あの勝負下着とかも。
「そうだったのか。俺はてっきり本当の取材だと思ってたよ」
「もちろん取材も本当ですよ。喜村監督からボブ・ハーレー選手の事情も聞いてます」
「それは本当に助かるよ。ボブには手を焼かされっ放しでお手上げ状態なんだ」
「大変ですよね・・・私、良い記事を書きますから」
「ありがとう。頼むよ」
「はい、武者野さんのオフサイド知らずの記録は絶対に話題になると思います」
「どうかなあ。今まで誰も気づかなかったほど地味な記録だし、パスで味方をオフサイドにさせなかったなんてのはそもそも公式記録にすらならないしね。コアなサッカーファンぐらいしか喰いつかない気がするよ」
「確かに高校か大学までサッカーをやっている人か、よほどサッカーに詳しい人じゃないと、この記録の本当の凄さは理解できないかもしれません。でも、きっと分かってくれる人もたくさんいる筈です。そしてホーリーランズも注目されるようになります」
「そうだね。あれがホーリーランズJ1昇格のターニングポイントだったと、後から思い出すような出来事になる。俺もそんな気がしてきたよ」
「フフフ、責任重大ですね。私の記事」
「そんなに気負わなくていいからね。なるようになるさ」
「なるようになるじゃダメですよ。為せば成るにしないと」
この娘は本当に勝利の女神かもしれないな。また愛おしさが極まった俺は彼女をギュッと抱きしめた。
1週間後にサカペラJが発売され、ネットでも俺のインタビュー記事が掲載された。記事は四条さんらしい丁寧で好意的なものだった。
J1の選手から通算オフサイト記録ゼロの感想を引き出してその凄さを伝えてくれてもいた。
その反響だが、良くも悪くもそれなりだった。
やはり、地味過ぎたのだ。
俺の拘りは一般層のサッカーファンには響かなかった。
俯瞰視の能力も特に話題を呼ぶことはなかった。
俯瞰できると主張するサッカー選手やスポーツ選手は少なからずいるので、俺はそれが飛び抜けてるといっても数値か何かで他者と比較できないため、どうしても伝わりづらく、フーンで終わってしまったのだ。
ただ、現役Jリーガー数人とサッカーマニアの一部がSNSで取り上げてくれたので、少しだけネット上を騒がせることはできたが、それも数日すれば忘れられてしまう程度のものでしかなかった。
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