第9話 サカペラJの女神をお持ち帰り②
ぎこちない雰囲気から始まった取材だったが、型通りの質問に全て答えた後、話が喜村剛新監督ことゴリ先輩に及ぶと次第に盛り上がってお互いに打ち解けていった。
「それでは、武者野さんがホーリーランズに移籍したのも喜村監督の存在が大きかったのでしょうね」
「というか、何処からもオファーがなかった所を当時はまだコーチだった監督に拾ってもらったというのが実情でした」
「そうだったのですか。喜村監督は武者野さんにとって恩人とも呼べる方なのですね」
「そうなんですよ! 見た目で損してますけど凄く良い人なんですよ。それが災いして選手として大成できなかったぐらいに。全盛期のゴリ先輩は本当に凄かったんですから!」
「フフフ、ゴリラは可哀そうですよ。でも、本当に好きなんですね。武者野さんは喜村監督のことが。ちょっと羨ましいです」
え、なんか今、パス出されたよな?
この思いがけない絶好球を決めるべきなんだろうか、それとも見逃して様子見すべきか、さてどうする?
「俺からも質問していいですか?」
「はい、どうぞ」
よし、掟破りの逆取材だったが彼女はニッコリと承知してくれた。
うん、間違いなく脈はある。
「四条さんは、品があって穏やかな性格なのに、どうして純文学とかじゃなくてサッカー専門誌を担当されてるんですか?」
「あら、私にサッカーの取材は似合ってないでしょうか?」
「うーん、正直に言ってサッカーというイメージは全くしませんね」
「フフフ、実はよくそう言われます。喜んでいいのか分かりませんけど」
特に気を悪くした様子もなく四条さんはコロコロと笑っている。
可憐だ。守りたいその笑顔。
俺は思わず見惚れてしまい、それに気づいた四条さんはほんの少し照れた表情を見せながら答えてくれた。
「実は、姉がサッカー選手だったんです。それで私も子供の頃からサッカーを観ていて好きになりました」
「へぇ、お姉さんが。あ、女子サッカー選手で四条というと、もしかして日本代表だった・・・」
「はい、四条花鳥は私の姉です」
ほー、やっぱりか。あの選手はクレバーで俺好みの良い選手だったなぁ。
その四条花鳥の妹ということは、だいたい、うーんと・・・
「もしかして、私の年齢を想像してませんか?」
ドキッ! さすがお姉さん譲りでクレバーな読みだ。ご名答です。
「正直すいません」
「謝ることありませんよ。それよりも私の年齢、本当に知りたいですか?」
四条さんが、私に興味持ってくれてますよね、というアイコンタクトを飛ばしながら訊いてきた。
これまで見せたことのない、甘え成分を含んだその表情に俺はつい口走ってしまう。
「メチャクチャ知りたいです!」
「先月の六月六日で二十五になりました」
おおぅ、やはり20代半ばピッタリだったか。凄く落ち着いていて大人っぽいからアラサーまであると思ったが、見た目通りに若いな。
というか35の俺には若すぎるか・・・アラサーの方がむしろ良かった。
「10歳の年の差なんて今は珍しくありませんよ」
また心を読まれた!
人の先を読む司令塔の俺が手玉に取られるとは、この娘、逸材だ。
いや今はそれより言葉の内容の方が重要だ。
明らかにこれ誘ってるよな。ホンワカした容姿と性格なのに本性はボブと同じ肉食系かもしれん。そう思ったら本能が警戒信号を鳴らし始めた。
これは一度距離を取った方が無難だろう。下手したら喰われる。
そんなことを考えていたら、四条さんがふいに悲し気な表情を見せる。
「ごめんなさい。私また先走りしてしまいましたよね」
「え、そんなことないですよ」
「でも、武者野さん困った顔をされてるから」
顔に出てたかぁ。駄目だなぁ俺も。広島に来てからは完全に枯れてたから女性に対する社交力がすっかり錆び付いちまった。
「私よく言われるんです。心の距離感がおかしいって。いきなり踏み込みすぎだって」
なんと言ってあげていいか分からないポンコツの俺は四条さんを優しく見つめて聞き役に徹する。
「てっきり武者野さんも私と同じ気持ちだと、勘違いしてしまいました」
くっ、罠かもしれんが、ここまで言われたら男として応じるしかない。ない。
「勘違いじゃないですよ」
「本当に?」
「ちょっと途惑ってしまっただけです」
「もぉ、思わせぶりな態度をしておいて、私がその気になって踏み込んで行ったら、スッと置き去りにするんですもん。本当にずるいですよ」
「ここずっと女性と縁がなかったので臆病になってました。どうか勘弁してください」
「はい、許してあげます。でも、これって何だかサッカーの戦術に似てますよね?」
ああ、確かにそうかも。俺の本能が無意識に仕掛けてたのかもな。
「恋のオフサイドトラップですね。ウフフ」
ズキューン!
もう罠でも何でもいい。不倫だろうがフライデーだろうがかかってこいや!
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