第8話 サカペラJの女神をお持ち帰り①

 J2リーグも20節まで日程を終えた。


 我がホーリーランズ尾道の成績は10勝5敗5分けというJ1昇格圏内を十分に狙える内容。

 いまやチームは完全に上り調子だ。

 永田をスタメンから外したことと馬場の成長が強烈なカンフル剤になっていた。

 甘い夢を見た永田は観念して無計画な筋トレを止めてトレーナーの指示に従い始めた。


 さらに、俺がこのクラブに来て2年間密かに後継者として育ててきた山内が頭角を現してきた。

 攻撃の起点となりまくる俺はボブと同じぐらい敵にマークされるので、俺の代わりに前線へボールを送れる有能なパサーがどうしても欲しかった。3年目のシーズン途中でやっとその域に山内が達してくれたのだ。これは本当に大きい。


 これでボブが実力通りの戦力になってくれさえすればJ2リーグ優勝すら夢じゃないんだが・・・


 開幕がらずっとボブは、ただただボブだった。


 ゴールを決めれば上機嫌だが、その効果は短い。

 とにかく常に注目されていつもチヤホヤされてないと落ち着かない性格なのだ。

 だからJ2のしかも地方球団という注目度の低いホーリーランズに在籍していること自体がもう情緒不安定の原因になるらしい。じゃあ来るなよと言いたくなるが、来てしまったものは今さらぼやいても仕方ない。


 あれから監督ともまた話し合ったが、ボブを良い気分でプレーさせて優勝を狙うには、ホーリーランズの知名度を上げてボブがメディアやファンからもっと注目され人気者になってもうらしかないという結論に至った。


 しかし、そうなると只の一選手である俺にはどうしようもない。

 監督だってお手上げだろうが、何やら思いついたらしく、ガハっというトレードマークの笑顔を見せてワシにまかせておけと言っていた。そういえば、嫁と別れたと伝えた時もそう言ってたがあれはどうなったんだろう・・・


 「タック」


 お、噂をすれば影、いや別に噂してたわけじゃないか。ま、どうでもいい。

 「なんでしょうか監督」

 クラブハウスのトレーニングルームまで自分で探して呼びにくるなんて珍しいな。

 「こまい応接室まで来てくれ」

 分かりましたと監督の方へ近づいていくと止められた。


 「待て、シャワーで汗を流してパシッと着替えてから来い」


 え、どういうことだ?

 何かただ事じゃないぞ。

 嫁からだけじゃなくてクラブからも戦力外通告? まさかな・・・

 そんな俺の葛藤を知ってか知らずか監督は茶目っ気たっぷりに言った。


 「取材じゃ。サッカーエンペラーが来とる。派手にぶちかましたれ」


 なんと! サカペラJが取材に来たのか。

 サッカーエンペラーJは日本で一番売れているJリーグサッカー専門誌だ。

 目下の緊急課題であるホーリーランズ尾道の知名度アップによるボブ人気者化の為には非常に有難い取材だった。きっと監督が伝手を頼ったのだろう。ゴリラなのに人望がある生物なのだ。


 監督の指示通りシャワーと着替えを済ませて少人数用の応接室に入ると、20代半ばらしき女性が座っていた。

 「おう来たか。サカペラのシジョーさんじゃ」

 監督は何やらニコニコと機嫌良さそうだ。まぁやっとボブ対策の一歩が踏み出せたもんな。


 「シジョウノリエです。今日は宜しくお願い致します」


 立ち上がったシジョウさんから丁寧な態度で名刺を頂いた。

 四条範江さんか、ちょっと古風な名前の通り、旧家のお嬢様的な雰囲気がある女性だ。

 永田と違って良い意味でフワッとした上品で柔らかな物腰をしている。


 「武者野拓哉です。こちらこそよろしくお願いしますね」

 俺がそう言ってる間に監督は席を立って応接室の扉に手をかけた。


 「ほんじゃあ後は若い者同士でやってくれーや。タックはちゃんと通算オフサイドゼロの話をせーよ。えーな」


 アイコンタクトでウホホッと俺に伝えてさっさと出ていくゴリ先輩。

 いやこれお見合いじゃないし。35歳で若い者呼ばわりされても反応に困るし。


 「えーと、とにかく始めましょうか?」

 先輩が醸し出していった妙な空気を霧散させるように明るい声を出して俺は席に着いた。

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