第5話 俺がサッカーで一番嫌いなもの③

 「やっぱりのお・・・」


 「オフサイドなんて敵のディフェンスラインを見て動けば取られるわけがない。最初からオフサイドの位置にいるくせにパスを要求する奴なんて論外。頭湧いてるんじゃないか?」


 ああ、口に出したら日頃のうっぷんが止まらなくなっちまった。だけどゴリ先輩はどこまでも優しい。

 「おう、もっとゆーちゃれゆーちゃれ」


 「そりゃ見事なオフサイドトラップにやられたっていうんならまだ分かりますよ。だけどね、ディフェンスラインを見て動く、疲れていても動き直しをしてオンサイドに戻ってくる、なんでそれだけのことが出来んのですか? なんで1試合で3つも4つもオフサイドにかかるアホがいるんですか? 仮にも俺たちはプロでしょ!」


 「ほうじゃの。プロのくせに怠慢か無能でオフサイドになる選手はぎょーさんおる。まあディフェンスの裏を取りたいっちゅー狙いもあるんじゃろーが」


 「あれもね、ギリギリで飛び出す必要なんて本当はないんですよ。大抵ディフェンダーなんて大きくて足が遅いんですから。それにこっちは前に走るだけだけど向こうはまず後ろに反転しなきゃいけない。だからパスが出たのを見てから走っても勝てるんですよ。逆にそれができないオフェンダーは辞めたほうがいい。俺もオフェンシブハーフの一人として常にそう思ってやってますよ」


 粗方言いたいことを言い終えた俺は焼酎をぐびっと飲み干し大きく息を吐いた。

 「どうじゃ、スッキリしたか?」

 「はい。なんかいろいろすいません」

 「ええんじゃ。お前は立場的に溜めこんどるじゃろーけたまに吐き出さんとの」

 「ありがとうございます。ゴリ先輩」

 「誰がゴリラじゃ」

 大学時代のやりとりに今でも常に乗ってくれるゴリ先輩だった。



 「話をボブに戻すが、ゆーてあいつは今日オフサイド取られとらんかったぞ」

 「俺が試合をそうコントロールしてましたからね」

 「そういや序盤から馬場へパスを集めとったのう。ありゃ撒き餌じゃったんじゃろ」

 「さすが先輩、鋭いですね。だけど半分は仕方なしにでしたよ。ボブは端からオフサイドの位置にいることが多かったし、永田はドリブルするためにボールが欲しくて中盤までズルズル下がって来るしで馬場しか選択肢がなかったですもん」

 「まあの。しかし中盤から前線のオフサイドラインとボブの位置をキッチリ把握してオフサイドにさせんかったお前は凄いのお」


 「え、スゴイも何も先輩は俺の記録に気付いてなかったんですか?」


 「ちょお待てや・・・お前の記録ゆーたらアシストのことじゃないんか?」

 「違います。あんなの俺にとっては打算の産物でしかない。俺が誇りにしてる記録は正にオフサイドですよ」

 「おお、もしかしたらお前・・・」

 やっとわかってくれましたか。そうです。そうなんですよ。


 「俺は公式戦で一度もオフサイドを取られたことがないんです!」


 「そりゃ、お前自身がオフサイドを取られたことが無いだけじゃのおて・・・」

 「そうです。俺が出したパスで味方がオフサイドを取られたこともありません」

 「うおおおおおおおおおい、そがーなことが、ほんまに、あり得るんか!?」

 「俺がこのチームでオフサイドに関わったの見たことない筈ですよ」

 「おーんんん、気にしたことなかったけえ分からんが、恐らくないのお」

 「実際、一緒にプレーした大学時代だって俺がオフサイドやらかしたことなかったでしょ」

 「ほうじゃ! 確かにワレがオフサイドになったの見たことなあわ。記憶になあわ」

 「ちなみに、公式戦というのはJと大学だけじゃなくて、ユースもアンダー代表も含めて全部ですからね」

 「はああああ、おまーこりゃ、一見地味なことじゃがほんまとんでもないことじゃぞ・・・・・・昔、お前が言いよったんは冗談じゃのうて正味ほんまのことじゃったんか?」


 「ええ、見えてますからね俺には、フィールドの全てが・・・上から」


 「たしか俯瞰視とか言いよったよのお。これまで決定的なパスを数え切れんほど出して一度もオフサイドにさせんかった秘密がそれかーや。つくづくとんでもないことじゃのお・・・うおっ、ほんじゃ中東でやったっちゅうあの話もほんまじゃったんか?」

 「アンダー17代表で16歳の時のやつですね。自分でも信じ難いですけど事実ですよ」


 「試合中に観客席の暴漢を見つけてボールを蹴りつけたゆーんか?」


 「あの頃が俯瞰視の能力のピークでしたから。調子が良い時はフィールドだけじゃなくてスタジアムの観客席まで把握できたんです。そしたらナイフを突きつけてる男が見えたんで気づいたらボール蹴りこんでました」


 「ほんま信じ難い話じゃが、あれほどの結果を出してきたお前が言うんなら信じるしかないわのお」

 ゴリ先輩はそう唸ると両腕を組んで何やら考えを巡らせてるようだった。

 まぁこんな話をされたらそうなるか。ただでさえ新監督として新チームのごたごたで悩んでるのに。

 今日はこの辺が潮時だな。


 「それじゃあそろそろ引き上げましょうか?」

 「お、ほうじゃの」

 ゴリ先輩が会計をすましてから外へ出る。3月の夜の風はまだまだ冷たい。

 「ごちそうさまでした」

 「おう、まだ寒いけえあったこおしてよー休め」

 「はい、先輩も気を付けて」

 「奥さんらあにもよろしくの」

 「あ、それが・・・今ちょっとアレなんですよね・・・」

 「どしたんなら、なんかあったんか?」


 「ええと・・・妻から、戦力外通告を受けました・・・」


 ゴリ先輩は神妙そうにそりゃしんどいのおと言うと、ガハっというトレードマークの笑顔を見せてからワシにまかせておけと勝手に何かを請け負って帰っていった。

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