第3話 俺がサッカーで一番嫌いなもの①

 それを言うなら、覆水盆に返らず、な。

 だいたいアメリカで生まれた覆水とか正にお前のことだろ。

 それに、取り返しがつかないのは大金でお前を獲得しちゃったクラブだろ。

 地方J2クラブの財政難なめんなよ!


 この開幕戦、勝ちはしたが課題山盛りで前途多難だ。

 とりあえず落ち着いて考えたい。急いで帰ろう。

 取材とシャワーと着替えを速攻で済ませてロッカールームを出て駐車場へ向かうと、後ろから呼び止められた。


 「タック」


 このクラブで俺をそう呼ぶのは一人しかいない。

 「新監督、初勝利おめでとうございます」

 「おう、ありがとさん。何やもう帰るんか?」

 「ええ、いろいろ考えを整理したくて」

 「気が合うの。ワシもじゃわ。どうせなら一緒に考えようや。いつもん所へ先に行っとってくれ」

 相変わらずこっちの都合は気にしない人だが、何故かそれが嫌味にならない。得な性格だ。

 「分かりました。監督のボトルで先にやってます」

 「おう、好きなだけ祝杯あげとけや」

 ガハっと笑って監督はスタッフルームの方へ歩いていく。

 何だかツヨシさんのお陰で少し気が楽になった。

 見た目と性格はゴリラなのに癒し系なんだよなぁあの人は。




 居酒屋ホーリーランド。

 その名の通り、ホーリーランズ御用達の店だ。

 クラブ関係者専用となっている2階席、その窓側のテーブルで俺と監督はビールジョッキをガチンとぶつけ合った。

 「喜村新監督の初勝利に」

 「チームの勝利とタックのシーズン初アシストに」


 ゴクゴクゴクゴクゴクゴク。


 「ぷはぁ、ほんま勝利の後の一杯は格別じゃのお」

 「はい、苦労が報われるひと時ですよね」

 「まったくじゃ。見とるもんは劇的勝利で最高じゃったろうが、こっちはヒヤヒヤもんで心臓に悪いだけよ」

 「派手なのは結果だけでプレーの内容は酷かったですから」

 「ほーじゃのお。フィールドの中で一緒にやっとったお前の意見を聞かせてくれーや」


 「課題はたくさんありますけど、改善急務なのは前の3人でしょうね」


 「ほーか。じゃがその3人で2点奪ったじゃろ」

 「今日は相手にも恵まれたんでたまたま上手くハマってくれましたけど、これからは研究されて通用しなくなると思いますよ」

 「ほしたら、更にその上を行くしかないのお。どうすりゃええ思う?」


 「まずルーキーの馬場ですけど、トラップが下手すぎです。とてもプロじゃ通用しませんよ」


 「お前の優しいベルベットパスすら収められんのんじゃけえ、ほんま重症よの。ワシもそれは分かっとったけえ入団からずっとコーチ付けて特訓させたんじゃが、上手うならんかったわ。まあ新人じゃけえ辛抱してやってくれーや」


 「そこですよ。確かに馬場は新人でプロとしては1年目ですけど、小学生の頃からプレーしてるんですから、サッカー歴は12年以上のベテランなんです。それでトラップが下手なんですからもう治らないでしょ。だから短所を補うんじゃなくて長所を伸ばすべきなんです」


 「なるほどのお、じゃが馬場の長所はなんじゃろうのう」

 「やだなあ、それを一番よく知ってるのは監督でしょ。馬場に目を付けて獲得させたのはツヨシさんなんだから」

 「なんじゃ知っとったんか。そーよ、アイツの凄さは決定力、シュート力よ。体幹が強いけえ、どんな体勢でもシュートに持っていけるんじゃ。両足とも精度高いしのお」

 「あのポテンシャルは魅力ですよね。ちょっとブンデスのレバンドフスキを彷彿とさせますよ」

 「ほんじゃけえ何とか育てたいんじゃが、長所のシュートを磨いてもシュートまで持っていけんのんじゃあどうにもならんわ」


 「だから捨てましょう。短所のトラップは。全部ダイレクトで撃たせるんです」


 「何ぃいい、そがーなことができるんか!?」


 「やるしかないでしょーよ。明日からトラップの練習は止めて360℃どこからのパスでもダイレクトシュートが撃てるように特訓して下さい」


 「よっしゃ、その賭けに乗ったるわ。ぶち面白そうなけえのお」

 そう言ってツヨシさんはビールを飲み干しガハっと笑った。

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