第2話 覆水ボーン・イン・ザ・USA②

 「ムーシャ! アりがトー ボブ信じテたヨ!」

 ぐはっ、えーい抱きつくな。ムキムキのマッチョに迫られても暑苦しいだけだ。

 それにお前の汗と体臭のブレンドは鼻が曲がる。

 「コノ試合 勝代! ボブはマた点とっテ勝つヨ!」


 あーあ、集まっていた他の選手たちも同点ゴールの歓喜とボブのハイテンションに釣られて逆転ムードになってやがる。ここで俺が引き分け狙いで守りに入ろうなんて言ったら確実にドン引きされるな。それにホームを埋め尽くしてくれたサポーターたちに、せめて勝ちにいく姿勢は見せないといけないだろう。


 仕方ない。勝負にでるか。

 ここはもう乗るしかないだろ、この甘く危険なビッグウェーブに。


 「当然だが、このまま一気に勝ちに行くぞ!」


 オーと叫んで意気揚々と皆それぞれのポジションに散っていく。

 ふぅ、どうにも好きになれないな、キャプテンの仕事は。

 だが嫌いじゃない、この一体感は。


 俺たちの士気は上がったが、試合の天秤は傾かない。

 案の定、ボブはまたガッチリと二人にマークされていた。

 馬場は相変わらずトラップ下手でパスの無駄遣いに忙しい。

 こうなると、アイツしかいないか。

 カウンターのリスクが高すぎるから、残り3分のこの局面では特に使うべきじゃないんだがな。

 だが勝算はある。

 失敗しても責任は俺が取るから仕事してこい、ドリブル小僧。


 「だがハーフウェーラインからは駄目だ。バイタルエリアからにしろ」

 そう俺はアイコンタクトで永田に告げる。

 「ムーシャ! ムーシャ! パス、パース!」

 ナイスボブ。お前はそこで叫び続けていろ。

 パスを受けた俺は前線中央にいるボブに体を向ける。

 ボブを見据えて右足を振りぬくとボールは右サイドを駆け上がっていた永田の足元にピタリと収まった。

 サイドバックを抜き去った永田はそのままボブとセンターバック二人がいる場所へ突っ込んでいく。

 そしてボブの体をバスケのスクリーンのように利用してゴール前に抜けると左足でゴールを決めた。


 永田のシュートがネットを揺らした瞬間、アニメイトスタジアムのボルテージは最高潮に達する。

 試合開始からずっとしょっぱい展開が続いた開幕戦残り15分からの逆転劇。

 溜まりに溜まってたものが一気に噴出したようなカタルシスに観衆は酔いしれた。


 試合はそのまま2-1で終了する。

 サポーターは逆転ゴールからずっとチャントを大合唱し選手たちを鼓舞し続けてくれていた。

 ホーリーランズの誰もが劇的なシーズン初勝利に上機嫌でお互いに健闘を称え合っている。

 ただ一人を除いて・・・


 そう、ボブ・ハーレーだけは憤慨し悲嘆にくれていた。


 試合中、ボブは逆転ゴールを決めた永田にファックを連発し、ああ見えて仕事はキッチリと遂行する荒山から忠告通りにイエローカードを喰らった。とにかく自分が決めないと試合に勝っても気が済まない男のようだ。

 試合終了のホイッスルが鳴った今は、また俺に文句を言ってきている。


 「ファック!オチムーシャ!」

 駄目だこいつ。何とかしないと、いつかチームが空中分解するぞ。

 「ドうすルの? モー試合おワったヨ!」

 どうするもなにも、勝ったんだから試合は終わっていいんだぞ、ボブよ。

 「ダメなのニ! ボブ点とっテ勝たナイト ダメなのニ!」

 あのなあ、誰が得点しようが勝つことが大事だと理解してくれ、仮にもプロなら。


 もう相手してられるかとロッカールームへ向かうと、ボブはまだまだ言い足りなかったらしく俺の背中に延々と罵詈雑言を浴びせ続ける。


 「モー取り返しつカないYO! 覆水ボーン・イン・ザ・USA!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る