落武者Jリーガーの大逆転!

イクゾー

第1話 覆水ボーン・イン・ザ・USA①

「オチムーシャ! なンでパス出サなイカ!?」


 それはな、お前がオフサイドだったからだ、ボブ・ハーレーよ。

 いいから前線でわめいてないでお前も他のフォワードと一緒に守備しろ。プレスかけろ。ついでに俺の名前は武者野だ。断じて落武者ではない。


 「オチムーシャ! 虫すンな! なンかイエー!」


 ハーフタイムで散々言っただろうが。お前はオフサイド多すぎだって。

 俺は反則を取られるようなパスは絶対に出さないからなと念を押しただろ。

 それに今はお前と言い争ってる場合じゃない。ほら、ボールを奪った味方からパスが来る。

 俺はダイレクトで右足のアウトサイドにかけて前線のフォワードへパスを送る。

 よし、ペナルティエリアに走り込んだ馬場の足元にドンピシャ!

 げぇ、トラップを大ミスしてゴールラインを割っちまったよ。ホント使えねぇなあの若造は!

 あ、いかんいかん。冷静になれ。味方を腐しても何の利もない。ここはむしろ励ましとくか・・・


 「ファアアアアアアック!!」


 な、何だと?

 て、またお前か、ボブよ。

 確かに普通にトラップしてたら一点ものだったが、ホームの開幕戦でシーズン初アシストを損した俺が堪えてるのにお前がブチギレてどうするんだよ。ムードが悪くなるだけろが。まぁ馬場のトラップはプロ失格もんだったがな・・・


 「ファック!オチムーシャ!」

 俺かーい!

 俺は完璧なパスを出したろが。非難される覚えはねー。


 「なンでボブにパス出サなイカ!?」


 はぁぁ、だからさっきも今もお前はオフサイドポジションにいたんだから仕方ないだろ。文句言ってないでポジショニングを考えろ。ちゃんと動き直ししろ。

 しかし、つくづくこいつはとんでもないエゴイストだな。点取り屋だからって何でも許されると思うなよ。

 まだ何か言ってるボブを無視して俺は敵のゴールキックに備える。


 「ホーリーうんこ! ユーお母ちゃんファッカー!」


 俺の態度がボブの怒りの炎に油を注いだようだ。ノリノリで好き放題言ってやがる。だがその辺にしとけよ。さすがにそろそろ・・・

 チラと主審の方を見ると、案の定、ボブに近いづいて行った。

 やれやれ、これってキャプテンの俺も行くしかないのかよ。

 盛大にため息をついてからボブと主審のいる前線に俺は足を向けた。


 「ボブやん、ファックって言ってたよね。ファックは不味いなぁファックはー」


 そういえば主審は荒山だったな。20代後半でJリーグの笛を吹くとは一種のエリートなんだろうが、試合中に選手を注意するのにそんな友達口調なのも不味いと俺は思うぞ。ふぅ、これも時代の流れかね。おじさんは切ないよ。


 「ちがウヨー ファックなンてボブ言うハずなイヨー」

 「またまたぁ、みんな聞いてたんだから観念してゲロりんこ」

 こいつ、これで六大学卒だっていうからな。日本の教育はどこへ向かってるんだ。


 「ファックちがウ 不惑っテ言ったヨ! ホめ言葉ヨ!」


 ブフッ・・・ンガング

 危ねえ。マウスピース吹き出して荒山のテンプルに直撃させるところだった。

 通るかよそんな言い訳が。

 ていうかボブ、そもそも不惑の意味が分かってるのかよお前。


 「なるほどー。そういえば落武者さん不惑でしたね」

 通るんかーい。そしてちょっと待て。

 「俺はまだ35歳だ。断じて40ではない。ついでに落武者でもない」


 「そうなんですか。じゃあボブやんはやっぱりファックと暴言吐いたでファイナルアンサー?」


 くっ、こいつやっぱり頭良いわ。

 「ファック!オチムーシャ! ナにバカなこト言っテるヨ」

 馬鹿はお前だ! ファック言うな。状況分かってるのか?

 こいつホント自由すぎるだろ。ありのままの自分になりすぎだろ。

 はぁ~、納得いかないが、キャプテンとして今はこの場を収めるしかない。


 「すまん。不惑だった」


 「ですよねー」

 「ダレにもマちがイある ケど二度目ないヨ」

 何これ。なんで俺が反省させられてるの。誰か教えてくれないか?


 「ヘイ、ボブやん! 紛らわしいから不惑はNGワードね。次言ったら黄色カードね」

 ラッパーのように韻を踏みながら荒山はボブに釘をさした。

 「オゥメ~ン、ホめ言葉なのにNGオカしいヨー」

 「僕の子供がテレビで観てるんだから頼んだよー」

 そう言って荒山は走り去りながら笛を鳴らしゴールキックを促した。


 そこから試合は一進一退を繰り返す膠着状態になった。


 4-3-3フラットのフォーメーション、その二列目中央に入っている俺は、相手方の動きを予測してパスカットするかパスコースを消すことで敵の攻撃の芽をことごとく潰していった。


 しかし、こちらの3トップの攻撃も噛み合わない。

 前線の左にいる大卒ルーキーの馬場はとにかくトラップが下手で味方からの好パスを湯水のごとく浪費する贅沢者の若造だ。


 中央のボブはとにかくサッカーIQが低い。平たく言えば馬鹿だ。本能だけでプレーするオフサイド魔で俺が最も嫌うタイプの脳筋フォワード。


 右の永田はボブと同じ俺様属性を持つドリブル小僧でパサーの俺とは相性が最悪だった。


 ふぅ、そんな厄介な3トップを上手く使って点を取らないといけないなんてな・・・

 俺の仕事であるJ2ホーリーランズ尾道の司令塔はつくづくブラックな職場だよ。

 だが愚痴を言っている暇はないな。

 前半に先制されて0-1のまま後半に入って残り15分。

 逆転は難しいだろうがせめて引き分けにして勝ち点1が欲しい。

 それにそろそろ撒き餌の効果が出る頃だ・・・ボチボチやるか。


 俺は立ち止まってぐるっと周りの様子を観察し、棋士が盤面全体を見て先を読むようにフィールド全体を俯瞰し先を読んだ。


 「あそこだな」


 散歩でもするように前方のスペースへ移動する。

 そこへ右サイドから横パスが来る。

 ノールックで右足を振りぬいた。

 ダイレクトのキラーパスが敵味方4人の足元の隙間を高速ですり抜けてボブの足元へ到達する。

 ボブは反転しながらトラップしてディフェンダーを置き去りにすると豪快なシュートでゴールを奪った。

 よし、イメージ通り。

 やっと仕事してくれたな、ボブよ。

 だがムラがありすぎだ。もっと頭を使ってくれ。


 ゴール裏で観衆に向かって喜びを爆発させているボブを冷めた目で見ながら、俺はこの試合の落としどころを考えていた。腐っても南米名門クラブ出身で昨シーズンまでJ1でプレーしてたボブには二人のマークが付いていたから、俺はずっと3トップ左の馬場にボールを集めていた。それが何度か決定機になったんでボブのマーカーの一人がついに馬場をケアし始めた。その隙を突いて生まれたのが今のゴールだ。


 しかし、向こうも修正するからもうこの手は効かない。

 となると、無難に引き分け狙いでいくか、それともこの勢いに乗って逆転されるリスク承知で勝ちにいくべきか・・・さてどうする?

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