番外編 大魔王の到着

緊張。


この言葉が、ただそれだけで完璧に表現しきれる状況は今くらいのものだろう。


目の前で、まだ私のことを恐ろしい魔王だと思っていた時よりも震え、怯える獣族の子どもたち。

御者台のミタマちゃんも、手綱を握る手が震えているのがよく分かる。

私だってそんな剣呑な雰囲気に押されて言葉を切り出しづらい状況だ。


そんな中で一人涼しい顔をして座っている肝っ玉の持ち主が私の隣にいるわけだが。


いやまぁこの緊張感は全部この人がここにいるから発生してるものなんだけど。


「……何、そんなに怯える必要はない。確かに妾はこの国の姫じゃが、見ての通り今は護衛も侍女も何もおらぬ。そこらの町娘と変わりないよ」


「確かに、それは気になってました。なんで一国の姫ともあろう方があんなところに一人で?」


場の緊張感を破って話し始めるアリシア様に、ついでと言わんばかりに疑問をぶつけてみる。


「貴様は……そうか、なるほどな。道理であの阿呆が躍起になるわけじゃ」


「……?」


何かを察したのか、くつくつと笑いを浮かべるアリシア様。


「ああ、すまぬな。妾が一人でおる理由じゃったな。簡単なことよ。今やあの城があの変態に掌握されてしもうて誰も信用できぬ故よ」


「はい??」


「愚鈍な王を殺したのもあの女の手の者。今獣族や魔族を拉致するよう指示しておるのもあの女。彼奴め、元々有能な外交官であった故に城の愚物どもは簡単に騙されおった」


「実の父親を愚鈍扱いて」


「で、面倒じゃから獣族でも引き連れてあの女ごと王都を滅ぼしてやろうと思うたわけじゃ」


「およそ一国の姫のセリフじゃねえよ。ていうか徒歩で行く予定だったんですか?」


「あのあたりにおればミロルに向かう馬車の一つも通るじゃろうて。ま、お主が乗っておったのは僥倖に他ならぬがな」


何やら含みありげな目線でこちらを見てくるアリシア様。


ああこれ気づかれてるわ。少なくとも私がただの獣族じゃないってことは気づかれてるわ。

なんだろう、元々は私とアリスちゃんの正体は隠したままで王都に行ってみようって話だったはずなのに会う人全員に全部バレてる気がする。


え?私のせい?

あははは。


「とはいえ姫様、今獣族は誘拐事件の多発のせいでひりついてるはずだにゃ。いくら姫様相手でもそう簡単に協力を取り付けられるかどうか……」


「そのようなことは些事に過ぎぬ。妾はあの大国の姫ぞ。一時間もあれば信用を勝ち取ることなど容易いわ」


何故か自信満々に胸を張るアリシア様。

無理な気がする。

現世での彼女の態度を知っているからこそ思う、絶対に無理な気がする。


あ、ケモミミっ娘たちもジト目をアリシア様に向けてる。

だよね、君たちも思うよね絶対無理だって。


「もうそろそろ着くにゃ。みんな降りる準備しとくにゃ」


前を見てみると、今走っている街道が森の中に続いているのが見える。

どうやらあの森の中にミロルの里はあるようだ。


……と。


「な、何が起きてるにゃ!?」


今にも森の中に入ろうというその時、馬車全体が薄緑色の光に包まれた。

強烈な光に思わず目を閉じる。



「みんなだいじょう……ぶ……?」


何者かの襲撃か、それとも何かの罠か。

なんとか目を開けると、とりあえず馬車の中の皆の安否を確認しようとする。


しかし、何かがおかしい。


誰も動いていないのである。

警戒のために、とかではなく、まるで時が止まったかのように。


外を見てみると、馬車は走っていたはずなのに完全にその場に停止している。

まるで時が止まってしまったかのように。


「ふぅ……。また侵入者……今日これで何回目……?」


そんな声が馬車の外から聞こえてくる。


その声を聞いてなんとなくその主の正体に察しがつく。


「あれ?手綱握ってるのが猫ちゃんってことはうちの子たちなのかな?……よいしょっと」


外の声が近づいてくる。

どうやら馬車に乗り込もうとしてきているよう。


「はい、お邪魔しますよ~っと」


入ってきたのは綺麗な薄い緑色の髪と目をしたエルフの女性。

イナ先輩だ。


「……」


そんなイナ先輩、馬車に入ってくるなり私の顔を見て目をぱちくりとさせる。

かわいい。


「……?」


予想外の態度に私も同じく困惑し、軽く首を捻る。


「え、えええええええええええええ!?!?!?あだっ」


その瞬間、イナ先輩が驚愕して大きく飛びずさる。その拍子に後頭部を強打して涙目に。

かわいい。


「あの、大丈夫ですか……?」


「大丈夫じゃない……って、大丈夫じゃないのはこっちじゃないよ!!なんであなた動けてるの!?」


後頭部を両手で抑えながら、信じられない物を見る目で私に視線を向けるイナ先輩。


「動けるって……ああ、この状況って何か魔法的な?」


ケモミミっ娘たちもアリシア様も本当に微動だにしない。

なるほど、イナ先輩が空間魔法に長けてるって話だったからそういうことか。


「見たら分かるでしょ!?空間魔法でこの馬車の空間と時間を切り取ったの!なのになんで全く影響受けてないの!?」


「別に全くってほどじゃないですよ。なんかちょっと動きがもっさりする感じはしましたけど……」


なんというか空気が重いというか、抵抗がある感じがするんだよね。


「もっさり!?その程度で済むってあなたただの獣族じゃ……」


そこまで言って、何かに気付いたように私の顔をじっと見るイナ先輩。


「……何か?」


「ねぇ、もしかしてあなた魔王さんだったりする?」


「思い至るのが早いですね!?てかほんとになんでそんな一瞬で気づかれるんだ……」


何事もなかったみたいに動けてるのがおかしい?

別にほら、たまたま空間魔法に耐性がある人とかいるかもしれないじゃんか……。知らんけど。


「やっぱり。じゃあ、『ミラライブ』って言葉には聞き覚えある?」


……。


……ミラライブ!?


「もしかしてイナ先輩ってイナ先輩なんですか!?」


もしかしてイナ先輩も私と同じように現世から来た感じか!?


「……ごめんなさい、私にはどうして私があなたに先輩って呼ばれるのか分からないの。でも、ミラライブって言葉の意味は分かるの?」


「そりゃもちろん。私が所属してる事務所の名前ですし」


「分かった。じゃあこれ見て」


そう言ってイナ先輩は、アイテムボックス的なスキルだろうか、空中に生じさせた隙間からとある物を取り出す。

残念ながら、イナ先輩は私と同じように現世から来たわけではないようだ。


「少し前に神様を名乗る誰かから天啓みたいなのを聞かされたのと同時にもらったの。『ミラライブ所属の魔王が来たらこれを渡してくれ』って」


「これって……」


イナ先輩から渡されたのは、現世で見覚えのある……というかこっちじゃ絶対に見ない機械。

普段大学に持って行って、課題やらサムネ作成やらで重宝しているあの機械。

なんでこっちの世界にこんなものがあるんだ。


「『のーとぱそこん』っていうらしいんだけど……使い方分かる?」


「え、そりゃもちろん……」


受け取ったノートパソコンを開き、電源ボタンを押して立ち上げる。


その直後。


「あ、やっと繋がったっスね。そっちだと先輩が入ってからもうすぐ一日ってとこっスか?」


「スピカちゃん!?!?」


そう。いきなりスピカちゃんとのビデオ通話が始まったのだ。

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