とあるVTuberの一日

「みんなおはよ~、今日はなんか運営さんにVlog的なの撮れって言われたから撮ってくね。とりま大学行く前にシャワー浴びてくるからしばらくカット……いやカットだよね?流石に撮らなくていいよね??」


いかにも大学生の部屋って感じの部屋で目覚める私。

スマホやノートPC、イヤホンなどが枕元で充電されており、デスクの上には授業の書類や参考書などが転がっている。


まぁ一般の女子大生の部屋でなかなか見ることのないデスクトップ型PCと三面モニターがあるのだが。


「は~い、じゃあ髪乾かしてきたからアイロン入れながらお話していこうかな」


洗面所でカメラに首から下あたりを映し、髪にアイロンを入れていく。


「あ、ちなみにお母さんとかクリスとかは出てこないよ。二人とも顔出しとかはしてないからプライバシーあるし、そもそも今日はクリスは授業昼からだったはずだからまだ寝てるし」


いつも通り適当に髪を整えて自室に戻る。


「普段からちゃんと髪の手入れしてたら朝のセットの時短になるからオススメだよ、みんなもやろうね」


なんて言いながらノートPCを起動。


「今からはとりあえず運営さんとかマネちゃん、他の企業さんから来てた連絡を返していく感じ。基本的にVTuberって深夜に起きてる人の方が多いから連絡事項とかも夜中に来てることが多くてさ。そこまでの量じゃないからこうやって朝の隙間時間にやることが多いんだよね」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「じゃあ行ってきま~す」


自分の配信の準備をしているはずのお母さんに声をかけ、大学に向かい始める。


「ちなみにメイクはほんとに気持ち程度。これ以上いじってもあんまり変わらないんだよね……」


下地やファンデなどの最低限のナチュラルメイクは施すが、それ以上凝ってもほんとに誤差くらいしか変わらないためいつもメイクには10分前後くらいしか時間はかけることはない。

ちなみにその話を梨沙にしたら遠い目をされた。まぁ梨沙は毎日メイクとかスキンケア頑張ってるもんね。おつおつ。


「あ、そだそだ。私基本的に朝ごはん食べないんだよね。朝あんま食欲なくて。お昼はお腹すいたら大学のどっかで買って食べるかお仕事入ってるときはマネちゃんが用意してくれてたりって感じかな~。てことで大学までカット!」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「はい、ここが私の通ってる大学で~す。まぁほぼバレまくってるけど一応編集でモザイクは入るんじゃないかな。一応VTuberのVlogなわけだし。私はまだ2年生だけど、多分今と3年生の春でほとんど全部単位取り終わるから来年の夏休み以降は配信とか案件の頻度めっちゃ増えると思う、楽しみにしててね。てことで授業いてくる~」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「はい、じゃあ2限の授業受け終わったから次はVの仕事に向かうよ!次の授業は5限だから、その間の時間にスタジオに移動して収録して戻ってくる感じ。割と時間ギリギリだから校門あたりにマネちゃんが迎えに来てくれてるはず!」


大学構内をダッシュで移動しながら撮影を続ける私。

もう多分だけど大学内には私の正体を知っている人かそもそもVTuberに興味がない人ばかりなので大学での身バレなんて全く気にしていない。

別に身バレしたところで何か問題があるわけじゃないしね。


あ、みんなは身バレにはちゃんと気を付けるんだよ。あくまで私が特殊なだけだからね。


「あ、こっちです~」


「はいは~い」


校門を飛び出したところに停めて私を待ってくれている黒塗りの車、その傍らでこちらに手を振っている加瀬さんの方へ走り寄り、さっさと車の後部座席に乗り込むと加瀬さんが車を走らせる。


「あ、それ例のVlogの撮影ですか?」


「はい、どうせなら一番予定ぎちぎちに詰まってる今日撮ろうと思いまして」


「その方がこちらとしても編集が楽で助かります。あ、お昼ご飯いります?」


「もらいます」


「じゃあ後ろの袋に入ってるのご自由に。ちなみに今日の撮影の練習ってしてきました?」


「ばっちりです」


ちなみに今日の撮影は歌ってみた動画のための収録だ。

今まで頑なに断ってきたが、マイカちゃんがどうしても私と一緒に歌ってみた動画を出したいともう一か月近くずっと懇願してきていたため折れて協力することになったのだ。


ちなみにこれが最も大きい時間ぎりぎりの要因の一つだ。

二人で出す歌ってみた動画の場合だとただ上手いだけじゃダメで、それぞれの個性を活かしつつバランスを取らなければいけない。どれだけ二人とも歌が上手くても、あまりにも歌い方の相性が悪かったりすると何度も録り直しになる可能性もあり、かかる時間が本当に未知数なのだ。


「はい、ここです。二階でマイカさんとマネージャーが待っているはずなのに先に行ってください」


「まふぁおにぎひっふぁべへふ」


「さっさと流し込んで行ってください」


冷たい加瀬さんの声に押されるようにして、車を降りて建物に向かう。

二階への階段を上る間に口の中のおにぎりを水で流し込み、なんとか呼吸を整える。


「ごめんマイカちゃん待たせちゃって!!」


「わ、サキちゃん久しぶり!今日も可愛いねぇ」


「せめて胸じゃなくて顔見ながら言おうかマイカちゃん。収録の準備おっけー?」


「うん、もう喉慣らし終わったよ。サキちゃんは?」


「んんっ……あ、あー、よし大丈夫、いけるよ」


「それですぐ大丈夫になるのむしろ怖いレベルだよサキちゃん」


もはや半分諦めたようなツッコミを入れながらブースに入るマイカちゃん、私もVlog用のカメラをマイカちゃんのマネージャーさんに渡してブースの中に。


『じゃあまずはマイカさん、とりあえず一回歌ってみてください。通しで聞いて変えるところとか指示していきます~』


「は~い」


びっくりするほどの突貫工事で収録が始まり、最初歌わない私が捌けると曲が流れ始める。


さっきまで砕けた笑顔を浮かべていたマイカちゃん、ブースの中でめちゃくちゃ真面目な表情で歌を歌い始める。

こういう、普段ふざけたところを見ることが多い人の真面目な雰囲気ってすっごいギャップ萌えするよね。てか前に聞いた時より更に歌上手くなってるなぁ……すげぇ……。


『は~いOKで~す。次はサキさんお願いします~』


「はい~」


一応この収録に向けてある程度練習はしてきた曲だ。

なんとかマイカちゃんに見劣りしないように、ミスしないようにと慎重に歌う。


『は~いOKで~す。えーっと、あ、もう撮影終了なんで大丈夫で~す』


「へ??歌い方とか音程とか変える指示は……?」


『あ、もう完璧すぎていらないっす。今収録した二つでこっちでMIXしたら充分すぎるぐらいの出来になります。化け物二人とは聞いてましたけど、まさかここまでとは思わなかったですよ……』


「化け物はサキちゃんだけだから。一緒にしないで」


「マイカちゃん!?」


あと数時間はかかると思っていたレコーディングがあまりにも呆気なく終わり、呆然とする私たち。


「あ、じゃあもうついでにいくつかボイス収録しておきますか」


「おわっ!?加瀬さん気配消して背後に立つのやめて!?」


いつの間にか私の背後に立っていた加瀬さんから慌てて飛びのく。


「はいこれ台本です。クリスマスにオンライン販売するやつと、こっちはバレンタインのやつです。見ながらでも大丈夫なので録っちゃいましょう」


「うぇっ……この内容……ちなみに拒否権は」


「ないです」


「ないかぁ~。てかなんで予定にないボイスの台本持ってきてるんですかね……」


「どうせお二人ならさっさと終わらせるって思ってたからですよ。ほらさっさとやりますよ」


私がこんなに嫌がる理由は、そのボイスの台本を見る限りめちゃくちゃ恋人の立場でのセリフだからに他ならない。

ただでさえ自分の声を売ってお金をもらうって時点で羞恥心で死にそうなのに、こんな内容の……。


「ま、サキさんのイチャイチャシチュボなんてネタでしかありませんから。誰も下心で買いませんから安心してくださいよ」


「そう言われるのもなんか癪だなぁ!?」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「……はい、てことで収録を終えて大学に戻ってきました。収録疲れたので5限の授業をのんびり受けてこようと思いま~す」


当然疲れたのは精神的に。

ちなみに先ほどのレコーディング関係の動画はVlog的にはほとんどカットだろう。歌ってみた動画を出すことはまだ告知していないし、もし仮にスタジオの場所が割れてもまずい。私みたいに顔出しで活動してる人だけではなく、他のミラライブメンバーも使うことがあって彼女らの身バレに繋がってしまうからだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「はい、ただいま。ってことで今日はもうやること終わりかなぁ。後は家に帰って配信準備して、ご飯食べて配信して寝るって感じ。ちなみに大学の課題とかミラライブへの提出物なんかも全部さっきの授業中に終わらせてきたよ。あ、そうだ。サリーは今日はサボってるからいません。まぁ出席しなくても単位取るだけなら十分な科目だからいいんだけどね、ちょっとは寂しがってる親友の気持ちも考えてくれ」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ただいま~、晩御飯いつぐらい~?」


「おかえり。お父さん帰ってくるの8時半って言ってたからそれぐらいよ~」


「あいよ~」


適当にお母さんに挨拶し、雑に靴を脱いで洗面所へ。カメラを一旦置いて手を洗い、次は自分の部屋へ。


「じゃあとりあえずPCつけて、着替えは……まぁいっか、脱いだもんだけ映してやる、感謝しろ」


そう言ってカメラを床に置き、その前にパーカーとジーンズを放り投げる。

楽な部屋着に着替え、次はPCを起動。


「8時半からご飯って言ってたから、配信は10時くらいからになるかな。てことでシイッターで告知したら〇BSの設定を確認。枠ももう立てておいて、さっき授業中に作ったサムネを……っと。これで一旦やること終わり!後はご飯と配信までゴロゴロかな~」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「あ、お父さん帰ってきた。どうしようかな、まぁ流石に多分使えない会話がほとんどだと思うから晩御飯は録らないでいいよね?なんか事故みたいな会話録れちゃって運営さんのおふざけでカットされずに残ったりしたら困るし」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ほい、ということで戻ってきました!現在時刻は21:40ぐらい、今から最終確認とか色々細かい作業とかしながら配信開始時間を待つって感じになるかな。てことでこれで終わりになるんだけど、一応言っとくと普段はここまで忙しい日ってあんまりないからね。大体大学だけか収録だけか、そもそも一歩も家から出ない日も全然あるし。そういう日は課題も作業もなさすぎて暇だから長時間配信とかよくやってるから知ってる人も多いと思うんだけどね。てことで終了!!じゃあこの後の配信で会いましょう!!ばいばい!!」

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