おいおいあんたマジかおい
あの難しい難しい授業の後。
他の生徒が退室準備を終えてどんどん捌けていく中、梨沙と早紀は教室に残っていた。
梨沙が『この授業、今できてるレポートの点数がある程度取れてないと落単確定だからもう恥を忍んで先生に添削してもらう』とほざいているためである。
「あの~、小柳先生……?」
「……何。あぁSMプレイの山本か」
「この上なく不本意すぎる覚えられ方で泣きそう」
梨沙を一瞥し、そのままさっさと教室を出る準備を再開する先生。
そんな姿を見て、梨沙は慌てて本題を伝える。
「ほとんど課題やってなくて単位がヤバいので、レポートの添削してくださいお願いします!!」
「あまりにも馬鹿正直すぎてびっくりした。ていうかなんでうちがお前みたいな不真面目な生徒の添削なんか……」
そこまで言って、小柳先生は少し離れたところで待っている私の方を見やった。
「アレにやってもらえばいい。単位取れる分のレポート書ける程度には優秀」
「今期ピンチの原因が彼氏とイチャついてたせいなので助けてくれませんあの薄情な親友」
「……英断だな。まぁいい、気が変わった。レポートはUSBで寄越せ。今日中には添削しておいてやる。あと、代償にこの後少し深山の時間をもらう。いいな?」
「早紀、なんか先生が用事あるらしいんだけど大丈夫?」
「え?ああうん。この後は特に予定ないから」
「じゃあそういうことで。深山ついてこい」
「はーい?じゃあ梨沙また後でね」
梨沙からレポートのデータの入ったUSBを受け取った小柳先生は、荷物をまとめてさっさと教室を出て行ってしまう。
え私何かしたかな。てかこの先生ちょっと怖いんだよなぁ……。特に梨沙みたいな勉強できない生徒にはかなり当たり強いから……。
「で、私に用って何ですか先生」
「特に何かしてもらおうってわけじゃない、ただ自己紹介しておきたいだけ」
「……自己紹介?」
足の短い先生の歩幅に合わせてゆっくり歩きながら、顎に手を当てて考える。
この先生の自己紹介なら、最初の授業である程度は聞いたはずだ。
世界トップレベルの大学で研究員として活動していた経歴があり、いくつかの特許にも絡んでいるようなスーパーエリートだった気がする。
ほんで今でも日本中を飛び回って色々な学会で論文を発表しているとかなんとか。控えめに言って化け物レベルの天才だ。
「意外、気づいてなかったんだ」
「……ああ、なんとなく予想はできてきました」
喋り方は同じだが、徐々に変わっていく声色が、ここ数日で初めて聞いたはずのあの人の声に一致していく。
「ま、とりあえず入って」
「ここは……?」
「うちの研究室。まぁそんな大層なもんじゃないけど」
とある一室の扉を開けると、その中に入るよう私を促す小柳先生。
促されるままに中に入ると、目に飛び込んできたのは何台ものPCとそれに繋がったモニター、様々な言語で書かれた大量の書類。
そしてそれ以上にその存在感をアピールする山のようなアニメグッズ。
「……さて、ここなら防音だからあっちの話しても大丈夫だよ、先輩」
「やっぱさげちゃんだったかぁ……」
そう。
私の目の前にいるこの人こそが小柳かえで。またの名を白花さげ。
ミラライブの後輩ちゃんである。
まさか賢者設定でリアルもガチの識者だとは。
「てか、先生が後輩って関係性複雑すぎるんですけど私ってどう接したら??敬語?タメ?てかそもそもミラライブメンバーがこの大学に3人になったんですが選考基準どうなってるんですかね??」
「別に、他の生徒の前じゃなければタメ口で問題ない。うちだってそうするし」
「よくよく聞いたら完全にさげちゃんの声だぁ……。てかむしろなんで初配信の時に気付かなかった……??」
「人間の脳なんて認識しようとしてない物は認識しないようにできてるから。むしろサキ先輩が気づくようだったら多分うちの授業受けてる生徒も配信見て気付いちゃうから危ない」
そんなことを言いながら梨沙から受け取ったUSBを自身のPCに挿し込んでさっさと添削を始める小柳せん……さげちゃん。
ファイルを開いた瞬間に顔をしかめ、大量の赤文字のメモ書きで埋め尽くしていく。
「てか私のことは呼び捨てとかちゃん付けとかでいいよ。後輩とはいえ大学の先生に先輩呼びされるの違和感でしかないから」
「助かる。海外長かったから正直敬語とか苦手」
苦笑いしながら梨沙のレポートを真っ赤にし続けるさげちゃんを横目に、改めて部屋中を見渡す。
今使っているノートPCの他にもデスクトップ型が3台も。こんなに一体何に使うというのか。
「もしかしてここから配信してるの?」
「帰る時間がない時はそうしようと思ってる。そのために仮眠室兼用にしてるわけだし」
確かにさげちゃんの言う通り部屋の隅には質素な布団が敷いてある。
なんかこう、部屋中に置いてある色々なものも相まってまさに『研究室』って感じだ。カッコいい。
「はい終わり。指示通りに書き直せば単位取れる分くらいの点数はあげられるはず。あと、文字数稼ぎするならもう少し日本語の勉強をし直せって伝えておいて。後から適当にねじ込んだのがあからさますぎる。他の先生だったら0点突きつけてるレベル」
「うちの親友、ちゃんと教育しときます」
さげちゃんがこちらに適当に放り投げてきたUSBをキャッチしてカバンに仕舞う。
一仕事終えたさげちゃんはノートPCを閉じて立ち上がり、うーんと伸びをしている。
「早紀、うちの顔じろじろ見てどうかした?」
「いや、よく見たらめちゃくちゃ可愛いなって思って。こりゃ授業難しいのに男子たちがこぞって受講するのも納得だなと」
「そういうこと言ってるから魔王だのたらしだのと言われる。そもそも早紀にそんなこと言われてもお世辞にしか聞こえない」
いやさげちゃんが可愛いのは事実だし、早紀としてもただの本心である。
ポニーテール風にくくってあるふわふわの長髪、眠た気なのに魅力的な目。てかまつ毛なっが。メガネもよく似合っておる。
そして庇護欲をそそられるサイズ感。いや絶対年上だし大学の先生なんだけどさ。そんなことはどうでもいい。合法ロリってやつだ。
しかも今目の前でリアルに頬を膨らませている。おいなんだ可愛いが過ぎるだろふざけんな触ってもいいか?
触った。
しぼんだ。
もちもちだ。
むにむに。
「そういえばさげちゃんってリアル何歳なの?」
「うち?26だけど」
「にじゅうろく!?え、どうやってその歳で大学の先生やれてんの!?」
「ほとんど非常勤みたいなものだから。てか向こうの大学卒業したのが18とかの時だったから普通に」
「何一つ普通じゃないんだよね。本当の化け物はさげちゃんだよもう」
「魔王が何を言う。うちはただ勉強ができるだけ。女口説くのもりんご握り潰すのも魔王の特権」
「嫌だなぁその特権!?」
ある程度軽口を叩き合ったあと、一つ大きな欠伸をしたさげちゃんは目をこすってお布団に向かう。
「じゃあそのUSB頼んだ。あとうちの脳筋馬鹿の配信で何か問題が起きたら代わりにサポセンしたげて。うちは寝る」
そう言い残してさっさと寝息を立て始めてしまうさげちゃん。
起こすのもアレなので静かに研究室を後にし、他に特に用事もないので梨沙の元へ。梨沙は次の授業を受けているはずなのでさっさとUSBを渡して帰ろうかな。
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