うちの同期案外まともかもしれない
ぴんぽーん。
「おーい、開けろー?」
とあるマンションのエントランスでインターホンを鳴らす一人の少女。というか幼女?とも思える小柄で色白な少女はデビュー初日から面倒を押し付けられたことに辟易していた。
「今開けるから入ってきていいぞ」
そんな声が聞こえてきた直後に少女の目の前の扉のロックが解除される。
「はぁ……なんでうちがこんな役回りを……」
溜息をつきながら同期の部屋に向かう彼女はつい昨日デビュー配信を行ったばかりのVTuber、白花さげ。そしてデビュー直後にアホの同僚の介護をすることになった悲しき新人でもある。
ていうか設定的には一緒にパーティー組んでる冒険者的な感じだけど実際には初対面なんだよなぁ……なんてタブーなことを考えていたりする。
「えーと、406号室だから……ここか」
予め送られてきていた番号の部屋の前に立ち、もう一度インターホンを鳴らす。
「おい脳筋、来てやっ……!?」
その部屋の住民に話しかけようとした直後、目の前の扉が勢いよく開く。
「来てくれてありがとう!!……って、なんでおでこ抑えてるんだ?どこかでぶつけたか?」
「……ほんの数秒前にな。もう帰っていいか?」
きょとんとした顔でこちらをのぞき込んでくる家主に全力のジト目をぶつけるさげ。
彼女の目の前にいるのは、自身とは対照的に筋肉質でかなり日焼けした女性。この一連のやり取りだけでもうこの女性が同期のあいつであると納得できる。
「まぁまぁ、とりあえず入れよ。ちょっと散らかってるけどまぁゆっくりしていってくれ」
そう言ってまた部屋の中に引っ込んでいく女性。『ちょっと散らかってる』という言葉に軽い恐怖を覚えつつ覚悟を決めたさげは彼女の後をついていく。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……あれ?思ったより……」
真来の部屋に入ったさげは驚愕することになる。
散らかっていないのだ。ていうかかなり綺麗なのだ。
脱ぎ散らかされた服もなければ散らばった書類とかもない。
何ならシンクに洗ってない食器の一つもない。
「もしかして真来って案外ちゃんと家事とかするタイプ?」
「ん?まぁ人並にはする方じゃないか?というか家事が溜まるのが嫌だから気合いでさっさと終わらせるタイプだな」
「あまりにも意外すぎる」
汚部屋の真ん中で出前のご飯を食べてるタイプの人間だと勝手にイメージしていたのを修正修正。
「あ、そういえば今から昼飯作るところだったんだがさげも一緒に食べるか?」
「今日はまだ朝も昼も食べてないから有難いけど……真来、料理できるの?」
「自慢じゃないがほぼ毎日自炊してるぞ」
「イメージ崩れる……。じゃあお言葉に甘えて」
「はいよ」
今のところ真来の印象がどんどんマシになっていく一方すぎて内心で驚くさげ。
キッチンで手慣れた手つきで料理を始める真来を横目に部屋の中を色々見て回る。
リビングのソファの上には可愛らしいぬいぐるみが数体。
棚には女の子らしさ全開のコスメが飾ってあったり、友達と遊びに行った時の写真なんかが飾ってあったり。
小さな観葉植物が置いてあってしかもちゃんとお世話しているようで瑞々しかったり。
なんだ、思ってた数百倍まともじゃないかうちの同期。
「ちなみに配信用は別の部屋?」
「ん?ああ、あっちの部屋だな。配信のために防音になっているんだが……先に言っておく、迷惑をかける」
「……?」
まぁ、そもそも迷惑をかけられる前提で来ているわけだし、昨日の配信の様子を見た時点で相応の覚悟をしてきたつもりだ。
それに、リビングの雰囲気を見る限りでは案外そこまでひどい状況でもないんじゃないか?なんて楽観視しながら真来が指さした部屋の扉を開ける。
「……あー、なるほど」
とりあえず理解した。
まず目に飛び込んできたのは色々な種類の大量のケーブル。LANケーブルやらHDMIやら、絶対に自分で追加で買ったよね?って量のケーブルが。いやまぁ昨日さっそくLANケーブル一本破壊してたわけだしある意味では英断なのかもしれないが。
そして昨日の配信でも言っていた、放棄されたモニター。
その理由は一瞬で理解した。この部屋、圧倒的にコンセントが足りていない。
繋ぎ方が全く分からなかったならモニター一枚すらも繋げられていなかったはず。
もしかしてと思って途中にあった100均でタップを買ってきて正解だったなと思いつつ接続していく。
「あ、今更だけどパソコンの設定とか好き勝手変えてもらっていいからな。パスワードとかかけてないから勝手にやっといてくれ」
「なんでパスかけてないんだ」
キッチンから飛んできた能天気極まりない真来の発言に反射的にツッコみながらも、慣れた手つきでモニターを繋いださげはPCを起動する。
真来の言葉通りパスワードがかかっていなかったのでそのまま起動し……
「ショートカットすら……ない……?」
そう。〇BSも、バーチャルの身体を動かすソフトも、ビスコも。それら全てのショートカットアイコンがデスクトップに存在していないのだ。
さげは思わず「よくこれで形だけでも初配信できたな……」と頭を抱える。
まぁ、そのあたりはこの後本人に教えながら設定していこうと判断し、設定を開いてモニターのHzや配置に合わせて設定を最適化。
あとは設定とか使い方に関しては後で本人に教えるとして、配信する際にあると便利なソフトなどをいくつかダウンロードしておく。
「ご飯できたぞ~」
……と、そういった設定がいくつか終わったタイミングで真来の声が。
「ん、今行く」
色々ダウンロードの最中ということもあってPCをそのままにリビングに戻る。
「お、おぉ……」
真来が用意してくれたのはパスタ。しかもレトルトのパスタソースとかじゃなくて、ちゃんと自分でソースを作ったきのこクリームパスタ。
超美味しそう。
「あ、聞くの忘れてたけどきのこ苦手だったりしないか?」
「大丈夫、むしろ大好物」
早速一口食べる。
いや美味い。超美味い。お店で出てくるパスタに引けを取らないクオリティだ。
「最高。まさか真来がこんなに料理上手だとは思わなかった。何かのレシピ参考にしたとか?」
「いや?材料が何かとかは調べて買ってるが、分量は全部適当だな。美味しくなりそうな分量で調味料とか入れてる感じだ」
「もう配信やめてうちの嫁になればいいんじゃないかな」
「急なプロポーズ!?」
さげ的には『うちの嫁になれ』より『もう配信やめて』の方がメインなのだが。
「これ食べ終わったら一緒に色々PCの設定していこうか。便利なソフトとか色々入れておいたからその使い方とかも教える」
「いやほんと助かる。ミラライブ入ることになるまでほとんどパソコンなんて触ってこなかったから何も分からなくてさ」
「あ、そうなんだ。まぁそれなら仕方ない。うちが色々教えてあげるから安心しなさい」
「さげが同期でほんとによかった……。今日来てたのがあの鬼マネージャーか化け物勇者だったらと思うと寒気がする」
「それはそう。感謝しろ」
そんなこんなで二人談笑しながら昼食を食べ、その後は一緒にPCの設定やらを。
不慣れな真来にさげが丁寧にレクチャーし、その日の晩の配信になんとか最低限の設定は終わったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます