忘れ物を返しに行こう
「うーん」
自分のカバンと睨めっこしながら唸っているのは当然私。
アホ二人に絡まれた日、家に帰ってから私は気づいたのだ。
自分のカバンの中に、善良な女子大生……いや、日本人が持っていてはいけないはずのものが二丁入っていることに。
アホ二人のアホすぎる言動のせいで完全に頭から抜け落ちてたけど、そういえばお巡りさんに見つからないように咄嗟に私のカバンの中に隠したんだった。
いやこれどうしよう。
警察に届けるわけにもいかないし桃花ちゃんに言ったら多分あの二人色々ヤバいことになるだろうし。
なんて考えていたら電話がかかってきた。
相手の名前を見ると、桃花ちゃん。
うん、要件はもうお察しである。
「はい、もしもし~」
『あの~サキちゃん、今日うちの源と大江に絡まれたってマジ……?』
「うんマジだよ。絡まれたっていうかまぁ路地裏で脅されたぐらいで実害ないけどね」
『ヤクザにそれされて実害ないサキちゃんがおかしいってそろそろ自覚しよう。てか違う違う、本題はそっちじゃなくてさ……』
「その二人の忘れ物のことだよね?ちょうど私もどうしようか迷ってたところなんだよね」
『よかった、サキちゃんが持ってくれてたんだ。もし他の人に拾われてたらヤバかったよ……』
「だねぇ。もし警察に届けでもされたら私まで捕まるところだったよ、普通にガッツリ指紋ついてるし」
『とはいえそれどうしようかな……。あいつらに取りに行かせるのも……』
「サキー!ご飯できたってー!!」
「うわっちょっ!?」
ノックもせずに部屋の扉を開けて入ってくるクリスに驚きながら慌ててカバンを閉じる。
見られてないか?大丈夫か?
「……?サキどしたの?」
「お願いだからいきなり部屋に入ってくるのやめて?心臓に悪すぎるから」
「大丈夫、サキが変なことしてても私が手伝ってあげる」
「そこは見なかったことにするって言うところだよ!?あとそんなことしないし!!」
本当にお願いだからこういう文化ばかり吸収するのやめてくれ。何よりそういう文化の出どころがうちの先輩っていうのがまた……。
『あー、今からご飯なんだったらまた後にする?』
「ごめんね。こっちでも色々考えとく」
そう言って通話を切り、不思議そうな顔を浮かべるクリスについて一階に降りる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日の晩の食卓。
お母さん手作りの餃子に麻婆豆腐、飲み物は紹興酒と今日は中華三昧だ。
何気に久し振りに食べるので地味にテンションが上がる。
「わ、美味しい。辛さちょうどいい~」
「そういえばサキ、さっきのピストルどうしたの?」
「ブフォッ!??!!」
やっぱ見られてたかああああああ!!!!!
唐突に爆弾発言を投下するクリスに思わず口の中の紹興酒を勢いよく吐き出してしまう。
「ケホッケホッ……」
なんとか寸前で食卓から顔を逸らしたのでご飯やお父さんの顔に被害が及ぶ大惨事だけは避けられたが、私の喉の大惨事は避けられなかった。焼けるような痛みに咳き込んでしまう。
「……なんのこと?」
続いて聞こえてきたのは凍てつくようなお母さんの声。
あ、これまっずい。
「クリス、酒注いでくれ」
「は~い」
あ、おいこらクリスてめぇ。
「説明しなさい?」
「……はい」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「というわけでして……」
「ああは言ったけどまさかその直後にチャカ持ちをシメて舎弟にするなんて……。流石は私の娘ね」
「シメてないよ!?話聞いてた?」
「なら私によこしなさい。下っ端の番号あるなら事務所の場所も聞き出せるでしょ。明日事務所に返しに行っておいてあげる」
「でもそれだとあの二人の立場が……」
「家族に手ェ出してきた相手の末路なんて私にとっては知ったこっちゃない」
「そ、ソッスネ……」
結局私は、物を言わせぬ雰囲気で再びブリザードを纏い始めたお母さんに顛末を任せることにしたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それで、どこで落っことしてきやがった」
とある事務所の一室。
いかにも普通の会社のオフィスといった様相で、様々な資料やPCが並んでいる。
まぁ、その中身は普通の会社のオフィスとは大きく異なるわけだが。
もっと言うと、オフィス机の中には普通の会社には絶対に入っていないものも多い。
そのうちの二つが消えていたがために今この上なく剣呑な雰囲気に包まれている上に、強面の上司に詰められている二人の心臓が大暴れしているわけだが。
「そ、それは……」
まさか報復のために女子大生に絡みに行ったら掠め取られたことを忘れてそのまま帰ってきたなんて口が裂けても言えない。どう誤魔化そうか……そう考えていると。
「うわっ!?てめぇ誰だ!?」
「ぐえっ!?」
「グエー死んだンゴ」
部屋の外から次々と悲鳴が聞こえてくる。
……なんか変なのが混じっていた気がするが。
「な、なんだ、何があった!?」
強面が異変を察知して扉の外を警戒する。
当然机の中に隠していたドスを握るのを忘れない。
ドガァァァン!!!!
そんな轟音を響かせて丈夫なはずの扉が吹き飛ばされる。
「てめぇ、誰……だ……?」
「おい龍二、久し振りやのぅ。ワレの若いの、随分好き放題やっとるらしいやんけ」
「もしかして……あ、あ、あ、あ、姐さん!?!?なんでここに!?」
その下手人に自分の立場を分からせてやろうという覚悟は、その侵入者の正体を一瞬で理解した途端に跡形もなく消し飛んでしまう。
「姐さんってことは……」
先ほど組長に凄まれた時と同等かそれ以上の圧に、源と大江の膝はあっさりと機能を放棄する。
「お、俺の指示じゃないっすよ!姐さんに迷惑かけたんはこいつらで……」
「知るか。己の舎弟の不始末は己でカタつけんのが筋やろうが。ほれ」
まるで買い物に行く途中と言わんばかりの恰好で現れた早紀の母親は、ショルダーバッグから似つかわしくないものを取り出して組長の方に放り投げる。
「おわっ、ちょ、危ないっすよ!」
何の気なしに投げつけられた拳銃を慌ててキャッチ。暴発でもしたらどうするつもりなのか……。
「アホか。マメ抜いてるに決まっとるやろ」
そう言ってカバンの中から弾丸をいくつか取り出す早紀の母親。やれやれといった感じでゆっくり組長の方に歩み寄る。
「昨日こいつらがうちの娘をこれで脅したらしいやんけ」
もう一丁の拳銃を取り出して目の前で弾丸を装填。あとは引き金を引くだけで弾丸が飛び出す状態にしてから組長の額に突きつける。
「あ、姐さん、冗談キツいっすよ……」
「冗談やと思うか?」
事務所内で息をひそめて問題解決を願っていた組員でさえ本気だと分かるほどの、質量を伴っていると錯覚するほどの膨大な殺気。
もしここの誰かが彼女の機嫌を損ねるようなことをすれば、彼女が躊躇なく引き金を引くつもりであることは明確だ。
「約束せぇ。二度とうちの家に迷惑かけんな。子分の教育はちゃんとせぇ。何年も私の舎弟やってたくせにやり方知らんとは言わせんぞ」
「……」
「……返事」
「は、はい、もちろんっす。こいつらにも、他の奴らにも厳しく言うときます」
「……ん。もしまたなんかあったら娘と一緒に乗り込んでこの組潰すからな、覚えとけよ」
「わ、わかりました」
娘と一緒に、という部分に困惑する組長だが、早紀の母親は構えていた拳銃とカバンの中に残っていた弾丸をその辺に放り投げると何事もなかったかのように去って行ってしまった。
「く、組長、あの人は……」
「気にするな。何もなかったと思え。ただの災害が、チャカ返しにきた、ただそれだけのことだ。そう思え」
オフィス机の裏で隠れていた組員の一人の疑問は、気が抜けて座り込んだ組長の言葉に遮られる。
「……てか、あの人の娘って……?」
そんな疑問はその後彼の娘の話を聞いて解決することになる。
そして彼が、
「あの親子には絶対一切関わらないようにさせなきゃだな……」
と決心する原因にもなるのだった。
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