お母さんとあの子ってやっぱり……

とある日のことである。


いつものように大学での授業を終えて帰路についていた私。

家の前まで帰ってきて違和感に気付く。

何やら見慣れない車が家の前に停まっているのだ。普通の、一般的な乗用車。


「お客さんかな?」


まぁ、最近はお父さんが城ケ崎貿易の経営に介入したりしているわけだし、それ関係のお客さんが来ていてもおかしくない。


「ただいま~」


特に気にしないことに決め、いつもと同じように玄関扉を押し開くと同時に何やら剣呑な雰囲気に全身の皮膚が粟立つのを感じる。何やらトラブルが起きているのだろうか。


「お、お父さん……?」


「チッ……てめぇがうじうじしてっから娘が帰ってきちまったじゃねえか」


「お母さん!?」


瀑布の如き殺気を伴う母の声からは、以前に課題を放置してミラライブの麻雀大会に参加していた時と同等かそれ以上のプレッシャーを感じるが、何やら尋常ではない雰囲気に急いでリビングの扉を開ける。


「なにこれ」


ごくりと生唾を飲み込みながらリビングに入った私の眼前に広がっていた光景は、土下座する男性とその頭部を容赦なく踏みつける母。

まるで汚物を見るような表情を浮かべる母の様子からして、この男性に何か厄介ごとでも持ち込まれたのではないだろうか。


「おい早紀、部屋に戻ってろ」


「いやいやいやいや!?こんな状況見ておいて何事もなかったかのように立ち去れるわけないよね!?」


何も手につかないどころか、この後お母さんとどう接したらいいのか分からなくなっちゃうよ!!と内心で更にツッコむ。


「はぁ……コイツの息子がヤクザにちょっかいかけて怒らせて狙われてるから助けてくれってほざいてるだけだよ」


「ヤクザて……。なんでそれをお母さんに……」


「そのヤクザの元締めが元々私の舎弟だったからだよ。私が文句言えばどうにかなると思ったんだとよ」


母の言葉を聞いて足元の男性が僅かにビクッと反応する。

なるほどね。


「うん、サラっとスルーしたけどヤクザの元締めさんが元舎弟って初めて聞いたよ」


「あいつだって元々はそんな器じゃなかったよ。私が丸くなってから色々頑張ったんじゃねえの?知らんけど」


今更ながら普段とは全然違う喋り方のお母さん、違和感しかない。怖いよ普通に。


「あ、あいつらをなんとかできるのは姐さんだけなんです!お願いします、うちの息子を助けてください!」


頭を下げたまま懇願する男性だが、横目でチラチラとこちらを見ているのが分かる。娘の前でなら多少は態度が柔らかくなるとでも思ったのだろうか、浅ましい。

さっきまでお母さん助けてあげたらいいじゃんってちょっと思ってたけど私の存在を利用しようとする意図が垣間見えて少しその気持ちが傾く。


「はぁ……。そもそもな、もう関わりないんだから連絡先もどこにいるかも知らねえんだよ。それに、もし私がそいつらに目つけられて早紀……は大丈夫か、旦那やクリスになんかあったらお前責任取れねぇだろ?」


「そ、それは……」


「ねぇお母さん私は大丈夫ってどういうこと!?」


「いやお前、チャカ持ちに囲まれても問題ないだろ、心配するだけ無駄だよ」


「ナイフ持ちとケンカしただけでブチギレてたお母さんはどこに!?」


何言ってんだこいつ?と言わんばかりの表情でこちらを見やるお母さん。どうやら配信やらで色々やったせいで私自身と危険に関する認識が更新されたよう。

いやそれでも一応実の娘なんだし心配してくれてもいいんだけどね?


あとチャカ持ってこられたら多分勝てないよ、知らんけど。


「で、でも……じゃあ僕はどうしたらいいんですか……。あのに逆らえるのなんて他に……」


「知らねえよ。てめぇで考えろや」


気が済んだら帰れ、と続けた母は彼の頭から足を離してソファに深く腰掛ける。


……黒田?


……黒田って何か聞いたことある苗字だな。


いやまさかとは思うけど一応確認しておくか。

二人に一言断って廊下に出て、とある人に電話をかける。



「あ、もしもし桃花ちゃん。急にごめんね」


『早紀ちゃんから電話なんて珍しいね。何かあった?』


「間違ってたらすっごい失礼なこと言ってごめんなんだけどさ、桃花ちゃんのお父さんってヤの人だったりする?」


私の発言に、桃花ちゃんが驚いて息を吞んだのが伝わってくる。


『な、そ、それどこで聞いたの?』


まさかのビンゴかよ。


「なんかヤーさんにちょっかいかけた息子さんが狙われてるって人がお母さんに相談しに来ててさ、その元締めの人が黒田って苗字だって言ってたからもしかしたらなって思って」


理由の半分くらいはね。


『な、なるほどね……。まぁ確かに私のお父さんはそんな感じの立場だけど、そんな堅気のシャバ僧にちょっかいかけるのは許してないはずなんだけどなぁ。ていうかなんで早紀ちゃんのお母さんに?』


「おい言葉遣い。桃花ちゃんのお父さんが私のお母さんの元舎弟?だったらしくてさ。まぁその辺はいいや、ってことは下っ端の人が勝手にやってるだけっぽいって感じ?」


『多分ね?一応そいつらの特徴とか名前とか分かったりする?』


「あー、まだその人いるから聞いてみる」


『それなら私が直接聞くよ。スピーカーにしてもらっていい?』


「あいよ」


電話を繋いだままの私は再びリビングに戻る。


「はい、スピーカーにしたよ」


『ありがと。あ、聞こえてますか?』


「誰だ……?」


「さっき言ってた黒田って人の娘さん。私の友達なんだよ」


私の言葉に、その男性だけでなくお母さんも目を見開く。

まさか話題のヤーさんの娘と私が友達だなんて思わないよね、うん。


『黒田龍二の娘の桃花です。で、息子さんにちょっかいかけてる奴らの名前とか分かります?』


「え、あ、あぁ、はい。大江って金髪の若い男と、源って坊主らしいです」


『あー、やっぱあいつらか。おっけ、そいつらはこっちでなんとかしとくから安心していいよ』


なんでもないことと言わんばかりの桃花ちゃんの声に場の全員が驚愕する。

えマジ??桃花ちゃんってそんな影響力あるの……?


『たださ、そこのお前』


「は、はい?」


いきなり発せられる、可愛らしいながらもドスの効いた桃花ちゃんの声に困惑する男。


『お前名前は?』


「た、高橋です」


『高橋ね。お前さ、うちの親父の稼業やら早紀ちゃんのお母さんとの関係やら知ってるってことは今も極道やってるか元々グレてたかやろ?』


「は、はい、学生時代に姐さんの元で暴走やってました……」


『ならさ、手前のガキぐらい自分で守るか本人にケツ拭かせるかするんが筋やっちゅうのは分かっとるはずとちゃうんけ?早紀ちゃんのお母さんやったらそれぐらいの教育しとるはずやろ』


「……」


『堅気に迷惑かけたらあかんて親父もよう言うとるけどな、舐められてメンツ潰されるのも話違うて言う若いモンの言い分も真っ当や。しかも最初にいらんちょっかいかけてきたんはお前のガキなんやろ?変なことはさせんようにしたるから明日うちに直接詫び入れに来させんかい。お前のガキが舐めたことしてきおったんや、極道やのうても通さなあかん筋があるっちゅうことぐらい分かるじゃろ?』


「は、はい。分かりました、明日伺わせていただきます……」


『おん。明日やったらちょうど事務所に親父もおるけぇの、アホ二人も調子こいたことできへんやろ。詫び一個で手打ちにするよう言うとくわ』


「ありがとうございます、ありがとうございます……」


『お前も男ならしゃきっとせんかい。んな泣きそうな声の親父に説教されてもガキが言うこと聞くわけないやろ。もし今度同じように舐めたことしてきよったらもう庇わんからな、覚えとけよ』


「はい、もちろんです。しっかり言い聞かせておきます」


『よし、早紀ちゃんこれでいい?』


「……え、あ、うんありがとね桃花ちゃん。あまりにもカッコよくてびっくりした」


高橋と名乗った男性は用事が終わったためそそくさと帰っていく。

心底軽蔑した目で彼を見送るお母さんは色々と言いたげな顔だが、何も言わずにそのまま晩御飯を作りにキッチンへ。



『極道の娘だってバレちゃったからもういいかなって思っちゃったけどさ、やっぱ友達の前でこうやって話すの恥ずかしいよ……。こんな私でも早紀ちゃんは友達でいてくれる……?』


「嫌う要素がどこに??むしろ関係ない桃花ちゃんに迷惑かけちゃってこっちがごめんだよ」


『そんなのいいのいいの。ていうかそっかぁ、確かに魔王の友達やるなら極道ぐらいじゃないと吊り合わないか』


「あまりにも属性が違いすぎて何がどう吊り合うのかさっぱりだよ桃花ちゃん」

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