モンスターとエンカウント
ある日の暮方のことである。一人の魔王が駅の屋根の下で雨やみを待っていた。
「いや、誰が魔王や」
自身の脳内を流れるモノローグにセルフツッコミを入れる魔王―――深山早紀。
朝スマホの天気アプリで確認した時には確実に晴れと予報されていたはずの夕暮れの天気。
まさか駅から家に帰ろうというタイミングで降り始めるなんて何とも運がない。
道を歩いている時に降りだしてきたわけではないため濡れ鼠になっていないのはまだ救いだが、雨足はかなりのものでここから傘もなしに歩いて帰るだけの勇気も元気も湧いてこない。
この程度の夕立、どうせ数十分もすれば止むだろう。
そう思ってスマホをいじって雨やみを待つことにすることに決める。
その直後のことだ。
「あれ?もしかしてサキちゃん?」
あまり聞き馴染みのない声に振り返ると、そこにいたのはスーツをびしっと着こなしたOL風の女性。
最低限の化粧、皺ひとつない装い、後ろで一つに括った長髪からはいかにも真面目な雰囲気が漂ってくる。
「あぁ……先輩お久しぶりです」
「そんなに緊張しなくてもいいのよ?あ、もしかして傘忘れちゃった?よかったら一緒に入ってく?」
「そんなこと言って路地裏に連れ込む魂胆だったり?」
「そんなことしないわよ。それよりどうするの?」
「あ……じゃあお願いします」
「はい」
声を聴くだけで安心するような声色のその女性の傘に入れてもらい、一緒に歩き出す。
その女性は私の服やカバンが濡れないようにこちらに傘を傾けてくれており、その女性の肩と荷物が濡れているのが見て取れる。
「あの、先輩、そんなに気を使っていただかなくても……」
「いいの。サキちゃん今晩も配信でしょ?私はBANされたせいでしばらく配信できないから気にしなくていいの」
「いや、未だに鈴さんとあの先輩が同一人物だと脳が認識できてないんですよ……」
そう、今私の隣でにこやかな笑みを浮かべている女性は誰あろうあの鈴子先輩である。本名山口鈴。
以前の記念配信の時に知ったのだが、この人配信中と配信外でその気質がびっくりするくらい違う。いやもう冗談抜きで180度違う。
だからこそ割と色んな先輩後輩とすぐに仲良くなれる私がこうやって距離感を測りあぐねているのだ。
「前にも言ったでしょう?鈴子としての私はもう別人格だと思ってくれたらいいって」
「それはそうなんですけどね……」
そう穏やかな笑みを絶やさない鈴さんからは配信で見るような危うさなど微塵も感じない。いや、だからこそ怖いのだ。あの最早狂気的とも言える性欲モンスターと同じ声色でこんなにもおっとりとした話し方をされたら誰だって気が狂うというものだ。
半ば無理やり納得した今でも実は裏で変なことを考えているのではないかと疑心暗鬼になってしまう。
「サキちゃんの家ってこっちでよかった?」
「あ、はい合ってます。先輩の家の方向は大丈夫ですか?」
「私は会社の方に用があるから。ちょうど通り道にサキちゃんの家がある感じなの」
「なるほど」
本当に頭がおかしくなりそうだ。
脳内では見慣れたあの
「先輩ってもしかして二重人格です?」
「急に変なこと言い出すわね……。まぁ、そう思われても仕方ないわね。配信中はそういうキャラでいこうって決めてるから」
「え、むしろこっちが素ってことですか?」
「違う違う。多分どっちも素じゃないのよ。例えばサキちゃん、学校ですっごくいい子みたいに振舞って自分を偽ってる人がネットや配信で見せる顔ってどんなのだと思う?」
「そりゃ、本来の自分とか人には見せられない自分とかじゃないですか?」
「そう。今の私だってそう。会社では真面目で清楚みたいな顔して、配信ではあんなにはっちゃけるの」
「それだったら配信での化け物が本性ってことになるのでは……」
「先輩のこと躊躇なく化け物扱いするのどうなの?ああいや、そうじゃなくて、じゃあリアルと配信を逆にして考えてみて。配信で清楚みたいな顔してる子は実生活でもちゃんとイメージ通りの清楚ちゃんかしら?」
「あー……」
脳裏に思い浮かぶのはメグ先輩の顔。安いツマミを酒の肴に安酒を呷る姿は未だに印象に残っている。いや別にだから本当は清楚じゃないと言うわけじゃないが。
「だから私は配信では変な人で、まさか実生活ではこんな風に振舞ってるとは思えないでしょ?みたいな立ち振る舞いをしてるの。そうしたらある意味どちらの生活も何も我慢しないでいられるでしょ?」
「うわ、妙な説得力がある」
確かに、配信で数字や人気のためにいい子のフリをしていても疲れるし学校や会社で仮面を被って配信で本性を曝け出していてはリアルの生活がしんどくなって引きこもりとかになってしまうかもしれない。
そういう風に考えれば合理的な考え方……なの……か……?
「……?サキちゃんどうかした?」
「言ってることはすごい納得できるんですけど鈴子先輩の声色でまともなこと言うのだけやめてもらっていいですか?」
「サキちゃんの私への印象ひどすぎない!?」
当たり前だろ痴女。
あ、ちゃんと家まで送ってもらったよ。
貞操の危機とかはなかったよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます