因縁に決着を 4

今後更新する話と多少時系列が前後するかと思われます


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



私と恵先輩、そしてお父さんの会談の翌日に今度はお父さんだけが恵先輩に呼び出されて外出していった。

どうやら恵先輩は計画を呑むことに決めたようで、その日からお父さんは一日中忙しくするようになった。

しかしその姿は生き生きとしていて、心から仕事を楽しんでいるように見えた。


ちくしょう。我が父ながらカッコいいじゃんか。


それから一週間後にそれとなく進捗を聞いてみたところ、流石というか既に会社の上層部の殆どの信用を勝ち取っているらしく、楽しげに居酒屋で酒を酌み交わしている写真まで見せてくれた。

相手がちょろいのか、お父さんが化け物なのか。


父曰く、


『強欲な人間は自分に利益をもたらしそうな人を近くに置きたがる。特に今回のように、仮でも社長の椅子に座る人間の紹介で来た者なんて、こちらが何もしなくとも向こうからすり寄ってくるもの。そこから懐に入り込むくらいなら小学生でもできる』


らしい。


『それができるのはあんただけだよ……』と私が返すと、『人からの信頼勝ち取るのはお前の方が上手ぇよ』と返された。どうやら恵先輩から私の話を聞いてそう思ったらしい。過分な評価というものだ。


それから約一か月が経過すると、なんというかこう、街中で『城ケ崎貿易』やその系列の文字を見る機会が明らかに増えた。どうやら既に社内の改革に乗り出しているらしい。

もはや実父が怖くなるレベルの手腕だ。


時々会って話すようになった恵先輩は以前と比べて明らかに顔色がよくなり、前と同じくらい元気で明るくなった。

お父さんと会社関連の話をすることも多いらしく、なんなら前より正直になった……というか、ストレートな毒を吐くようになった気がする。

この前恵先輩の家に行って一緒に晩酌した時なんて、会社の人や一部の視聴者に対して少なくとも配信では言えないようなレベルの暴言を吐いていた。この話はまた今度詳しくするとしよう。


そんなこんなで、恵先輩を悩ませていた問題は私のお父さんがサクッと、少なくとも私目線からはサクッと解決してしまった。


……ように見えたのだが。


「それにしてもお父様の手腕は目覚ましいものがありますわね。本職とは全く別の業種だというのにその道の専門家のはずのうちの職員など目ではないと言わんばかりの大活躍ですもの。早紀ちゃんもそうだけれど、本当に何者?」


目の前で紅茶をすすりながら苦笑いを浮かべる恵先輩。


ちなみにここはいつもの喫茶店ではなくもう少しお高いお店だったりする。

恵先輩のメンタルに余裕が出てきてからというもの、こうして時々一緒にスイーツを食べに来ているのだ。


「父はともかく、私はただの可愛い女の子ですよ」


「可愛いのは否定しないけど『ただの』ってところは全力で否定させてもらうわ。それで、早紀ちゃんのお父様ったら、ただ社内の掌握をするだけでなくて社内での私のイメージアップもしてくださっているらしいのよね。それこそ私が今すぐ社長を継ぐって言い出しても簡単に受け入れてもらえるくらいに。もはや怖いレベルよ」


「でも、恵先輩は会社を継ぐ気はないんですよね?」


「今のところはそうね。というか、どう頑張っても彼以上の采配ができる気がしないもの。もういっそお飾りの社長すら辞めてしまいたいくらいよ」


「でしたら、とりあえずの問題は解決って感じですかね?」


私がそんな発言を聞いた恵先輩は何故かどこか暗い表情だ。


「……もしかして、まだ何か問題が?」


「問題、というほどのものではないのですけれど……」


「あれ?め、恵ちゃんじゃないか!」


恵先輩が話を切り出そうとした途端、店内の少し離れたところを歩いていた男性が大きな声を上げる。

周りのお客さんからかなり注目されているが、全く気にも留めていない様子。

そんな男を見て恵先輩は目を見開く。


「な、どうしてこんなところに……」


「こ、ここは僕の行きつけの店でねぇ。こんなところで会えるなんて偶然、いや、運命、だね」


「なんだこいつ」


私が『なんだこいつ』と思うのも無理ないこと。

脂ぎった髪と顔、推定BMI40前後はあろうかという横幅。

絶望的なファッションセンスの服のくせにブランド品で固めているのがまた腹立たしい。


「な、こいつとは失礼な!!恵ちゃん、僕が誰か教えてやってよ」


何故か胸を張って偉そうにしている豚。目の前で呆れ顔を隠そうともしない恵先輩からは彼への嫌悪が嫌でも伝わってくる。


「あー……この人は浅原大樹さん。ほら、前に言ったクトゥルフ運送の御曹司」


「あぁ、なるほど道理で」


「前に言った?恵ちゃん、僕のことお友達に紹介してくれてるんだ?フッ、全くツンデレちゃんなんだから」


「あー……ええ、まぁ」


ここまで露骨に嫌悪どころか殺意に近い感情を向けているというのにそれに全く気付かない大樹くん、何気に大物なのかもしれない。

そう思うと同時に、恵先輩が切り出そうとしていたもう一つの懸念がこいつであると理解する。

まるで恵先輩に好かれていると勘違いしているような立ち振る舞い、『恵ちゃん』なんて気持ち悪い呼び方、そもそも全人類が生理的嫌悪を抱くような見た目。

恵先輩の悩みの種は恐らく、こいつに付きまとわれていること、といったところだろう。


「恵先輩も大変ですね」


「本当にそう。早紀ちゃん、これもどうにかできない?」


「これ?これって何のこと?何かトラブルかい?あぁ君、早紀ちゃんって言うんだね。君も可愛いね。まぁ、僕のママや恵ちゃんには遠く及ばないけどね」


「どうにかする方法ならいくつか思い浮かびましたがどうしましょう」


「その中で法に抵触しない方法は?」


「……残念ながら」


「だと思ったわ」


溜息をつく恵先輩。その様子から既にもうこの豚にかなり悩まされていることが伝わってくる。


「あ」


いいこと思いついた。


「……早紀ちゃん?」


怪訝な顔の恵先輩を横目に、とある人に電話をかける。


「あ、もしもし?……うん、大丈夫。実はかくかくしかじかでさ」


「『かくかくしかじか』ってほんとに言ってるの初めて聞いたわ」


「はい、大樹さんだっけ?ちょっと電話代わって」


そう言ってスマホを豚に差し出す。

豚は一瞬面くらったような表情を浮かべるがすぐにそのスマホを受け取った。


「はい、もしもし……あ、はじめまして……」


「ねぇ早紀ちゃん、電話の相手は?」


「私のお母さんです。私が知ってる中で一番男のメンタル砕くの上手なんで、多分もう大丈夫です」


「……うん、もういちいち驚いていたら負けな気がしてきたわ」


電話口で話しながらみるみるうちにしょぼくれていく豚を後目に、私と恵先輩は雑談しながらテーブルの上のスイーツを次々に頬張る。

前に加瀬さんに連れていかれたところも大概だが、ここも十分すぎるくらいに美味しい。


約5分後。


「あ、あの……」


「何?」


「ヒッ、あ、あの、ほんと今まですみませんでした、あの、もう今後二度と関わらないので、どうか、あの、お願いなので、命だけは、命だけはどうか……」


スマホをテーブルの上に置くや否や、その場で蹲って震え始める大樹くん。

うん、思ってたよりうちのお母さんにいじめられたらしい。


スマホを取り、お手拭きでかなり入念に拭いてからポケットに戻す。

大丈夫かな、臭いとかついてないかな。

念のため帰ったらファブっとこ。


「はぁ……これ以上関わらないと言うなら私からは何も言うことありませんわ。もう帰りなさい」


「は、はいぃ!!!」


満面の笑みで顔を上げた豚、そのままダッシュで店を出ていく。

その際に小さな子供にぶつかって転ばせていた。最後の最後まで救えないクズだなぁ。


「ほら、お嬢ちゃん大丈夫?よしよし、泣かなくて偉いね~」


転んだ子供を放っていくわけにもいかず、駆け寄って助け起こす。どうやら怪我はないようで、すぐにそのまま両親の元へ駆けていった。


そんな早紀の姿を見て恵はこぼす。


「はぁ……最初から全部早紀ちゃんに相談しておけばよかった……」


と。

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