因縁に決着を 3

「え、ちょっと待って。それってつまり、実質的にお父さんが恵先輩の会社を乗っ取るってこと?」


「人聞きの悪い言い方をするな?経営を任せられるような人間が他にいなくて、恵さん本人も会社経営なんてする気がないんだったら他に方法ないだろうが」


驚愕して思わず口をはさむ私に、さも当然と言わんばかりに淡々と述べる父。


「それに、もし将来恵さんが会社返せって言ってきたら俺はすぐにでも手を引くつもりだ。そのための社長の椅子と、経営コンサルって立場なんだから」


「で、でもうちの重役の皆さまが深山さんのことをそんなに簡単に受け入れるかどうか……」


「一週間です」


「はい?」


「そもそも以前からの顔見知りの方がほとんどです。一週間もあれば彼らに気に入られるくらい簡単なことですよ」


まさに赤子の手をひねるようなこと、と言わんばかりの父の態度に不安を隠せないといった様相の恵先輩。

実際、うちの父は人の心を掴むのが異常に上手い。化け物と言って差し支えないレベルだ。


「いや、今更ですが私はこいつの父ですよ。この化け物は私の背中を見て育ってきたんですよ。それだけで納得できませんかね?」


「ああ、なるほど。ならもう相談とかなしで全部お任せして大丈夫な気がしてきました」


「そうはならんやろ!?」


意味の分からない主張の父、それに何故か納得する恵先輩。ツッコむなと言う方が無理な話だ。


「ていうかお父さん、今の仕事は?いくらしばらくリモートとはいえ副業はまずいんじゃないの?」


「昨日のうちに社長に相談してOKもらってるに決まってるだろ。それぐらいの信用はあるし、何なら午前中に一日分の仕事が終わるから暇なんだよ、暇すぎて会社経営シミュとか始めたもん」


「あぁ……。うん、なんかいつもの梨沙の気持ちが分かった気がする。ていうか自分が経営するとか言い出したのってそれの影響じゃないよね!?ね!?」


「あ、あと私からも一つだけ質問なのですが……」


半分くらい漫才モードに入りつつあった私たちに、おずおずと恵先輩が口を開く。


「失礼ながら、先ほどの質問をもう一度。この件で深山さんには何のメリットが?」


「シンプルなことです。もし恵さんが今後も会社経営なんてしたくないときっぱり決めてくださったなら、もういっそうちの会社で安く買収して子会社にでもしましょう。実情はほとんど何も変わりませんがね。それで、もし今後やはり会社を継ぎたいと仰るのであれば喜んで明け渡しますが、今後うちの会社との取引で少し便宜を図ってもらおうと。その頃にはおたくの会社で好き勝手している方々の駆除は終わっていると思いますので、絶対に損はさせないと約束しましょう。つまり、こちらとしてはどういう結果になったとしてもメリットしかないわけです。デメリットといえば、仕事が増えて娘と遊ぶ時間が少し減ることくらいでしょうか。どちらにせよ最近は娘の方が忙しくて滅多に構ってもらえていないので実質的にはデメリットにすらなりません」


そう言ってこちらにジト目を向けてくる父。ごめんて。今度一緒に配信しような。


父の回答が予想外だったのか、呆気に取られた様子の恵先輩。少し下を向いて黙りこくっている。


「よし、じゃあ帰るぞ早紀」


恵先輩の様子を見て柔らかい笑みを浮かべた父がおもむろに立ち上がる。


「え、もういいのお父さん」


「俺の提案は全部伝えた。その相手が目の前にいたら冷静に考えるのも難しいだろ」


「いや、そうじゃなくて、交渉の基本って相手に考える時間を与えないことじゃないの?」


「それは詐欺の基本な!?普通は逆だよ。特に、今回みたいにお相手が慎重に考えてくれて、こっちのプレゼンに自信がある場合は一旦時間置いた方が了承してもらいやすいんだよ。覚えとけ。ほら、帰るぞ」


そう言ってあっさりと退店しようとする父。私も慌ててそれについていく。


「ああそうだ、これお父さんの電話番号です。もし訊きたいこととかがあったらここか、もし直接連絡するのに抵抗あったら私にDMくだされば繋ぎます」


忘れないうちに、とメモを置いて急いで父を追いかけようとする私。しかし恵先輩に制止される。


「ねぇ早紀ちゃん」


「なんですか?」


「早紀ちゃんはお父さんの言っていたことどう思う?」


「どうって……正直、急に何言ってんだこのオッサンってのが一番の感想ですかね」


これは当然嘘偽りのない正直な感想だ。昨晩私が話をした時からそうだったが、どうしても無鉄砲に感じてしまう。正直、普段の父らしくない。

その結果として、数日前と比べて更にやつれたように見える恵先輩の一助になれたのならいいのだが。


「そう……。そう、よね」


「でも」


私は知っている。

幼い頃からその背中を見て育ってきた私だからこそ知っている。


「私の父は、やると言ったことは絶対にやるし、失敗しません。ていうか失敗しているところを見たことがないです。だから、本当に一週間もあれば会社の皆さんからの信用も勝ち取るでしょうし、なんなら多分2か月もあれば会社全体を掌握するんじゃないですかね?」


冗談めかしてそう笑う私だが、実際今の会社は父が入る前までは中小企業レベルだったのが今ではイギリスで有数の大企業になっているし、その立役者は父らしい。本人談なのでその真偽は不明だが、まぁ娘の世話を任せられるくらい社長に信頼されているらしいし、あながち大嘘といったわけではないのだろう。


「そう……ね。少し話しただけでも誠実だし凄い方だっていうのはよく分かったし、何より……」


そう呟くとフッと笑う恵先輩。


「魔王のお父様ですもの。常識の枠に当てはめて考えることが既に失礼ですわ」


「その発言が私に対する失礼にあたるとは思わないんですか!?」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ねぇお父さん」


「おう、どうした?」


その日の帰り道。二人並んで電車で座りながらの会話だ。

隣の父を見るとスマホで会社経営シミュレーションらしきゲームをやっている。

どうやらゲーム内で何かトラブルがあったようでその表情から慌てているのが伝わってくる。


さっきまでのカッコいい父の威厳は皆無だ。


「今回の件、半分くらいは私の前でカッコつけたかっただけでしょ」


「それが分かってるなら黙っていなさい」


「はぁい」

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