そういやあんた元本職だったわ

「いやぁ、いい天気だなぁ」


とある日の夕方でのこと。

この日の大学の授業が終わり、帰宅している折のこと。


最近は事件も特になく……特に……いや、ちょくちょくあるな。クリスに振り回されたりアリシア先輩に振り回されたり。

ただ、大きな事件に巻き込まれることはしばらく…………


「ドロボー!!!!!!!」


とかいうことを考えてるからこうなるんだよね。


大きな声が聞こえてきた通りの反対側を見ると、どうやらひったくりが現れたらしい。被害者は40代くらいの女性だろうか。持っていたカバンを二人乗り自転車にひったくられたようだ。いや自転車て。せめて原付とかじゃない??


とはいえ大きな通りの反対側だし、私からはかなりの距離。流石に走って自転車に追いつくのは厳しいものがあるし、何もできることは……。


「おらぁ!!であります!!」


「ほえ?」


他の通行人が唖然としている中、自転車に横から渾身の蹴りを入れる女性が。


予想外の衝撃を受けて倒れる二人組。先ほどの叫び声もあってか、どんどん野次馬が集まってきている。非常に嫌な予感がした私も通りを横切って野次馬しに行く。


「自転車二人乗りは道交法違反であります!!」


「いやそっちかよ!?」


先ほど蹴りを入れた女性が倒れ込んだ男性の一人の胸倉を掴んでブチ切れている。

何の躊躇もなくいきなり犯行の邪魔をしてきた挙句怒鳴りつけてくるその女性に、彼らは驚きのあまり魂を抜かれたような表情をしている。


しかし、


「……っ、うっせぇ、邪魔すんな!!」


やっと状況を飲み込んで正気に戻ると、なんと女性に胸倉を掴まれていない方の男性が懐からナイフを取り出す。

それを見た野次馬たちにはどよめきが広がり、悲鳴も聞こえてくる。

何ならスマホのカメラを向けている者まで。


なんだろう、私が出くわす犯罪者はナイフが標準装備なのかな?


仕方ない。どうやら彼らは目の前の女性に集中しているようだし、他の野次馬たちはビビって何も行動を起こそうとしないため、全く警戒されていない私が助けなければこの女性が危ない。


「よいしょっと」


「ぐっ……」


背後からゆっくり近づいてナイフを叩き落し、そのまま腕をねじり上げて押し倒し、制圧。


「そっち任せたよ!あとお前ら、写真撮ってないで通報して!!」


「おわっ、ナイスであります!!」


一瞬呆然としていた女性だが、慣れた手つきでもう一人の男性を綺麗に投げて地面に叩きつける。

痛そう……全然受け身取れてなかったけど大丈夫かなあれ……。


あまりに軽々しく宙を舞った男性を心配していると、私が怒号を飛ばした野次馬のうち数人が慌てたように警察に電話をかけ始める。遅いよ何やってるんだよ。


目の前で男性を押さえつける女性はそのまま腰につけた手錠をかけ……


「あ、そういやもうワッパ持ってないのでありました」


「だよねぇ……警察官だもんねぇ……」


「な、なぜ私が元警察官だと知っているのでありますか!?」


私の発言に、目の前の女性が瞠目する。

よくよく見てみるとかなりの美人さんだ。

長めの茶髪のポニーテールは、カジュアルで明るい色合いの服装によく似合っている。綺麗な人だなぁ。


「いや、私が誰か分かんない?つい最近一緒にゲームしたじゃん」


声や立ち振る舞い、何よりその語尾からもう半ば確信していたその正体はもちろんうちの後輩。

なんでうちの事務所の人はみんな事件によく巻き込まれるのか。みんな主人公体質か?


私の突然のカミングアウトに呆然とする女性。


どうやらここで初めてしっかりと私の顔を見たらしく、何かに気づいて急に青ざめる。


「さ、さささささ」


「よし、名前出さないでね??周りに人いっぱいいるんだし」


私の正体に気づいて分かりやすく混乱するをしばらく眺めていると、パトカーのサイレンが聞こえてきた。


「こっち!こっちでーす!!」


野次馬の一人がパトカーを誘導し、やっと警察官が現着。


「刃物を持った男がいると通報があったのですが……」


野次馬をかき分けて私たちの姿を見た警察官の表情が分かりやすく変化する。


倒れた自転車、転がるナイフ、そして何より女性二人に拘束される男性たち。

そりゃ困惑するわ。


「道交法違反と銃刀法違反の現行犯であります。とりあえずワッパかけてほしいであります」


「わ、わかりました」


なんとか落ち着いたくるみちゃんが淡々とそう言うと、警察官のうち二人が状況を理解して男性二人に手錠をかける。

もう一人はナイフを回収すると私たちの方に向き直り、にこやかな笑顔を向けてくる。

あ、これあれだ、「どういうことか説明しろよ?おぉん?」の顔だ。


「証言はいくらでもするであります。ただ、その前にこいつらだけどうにかするであります」


警察の到着によって更に増える野次馬。こちらに向けられる無数のカメラ。もう収拾がつかないレベルだ。


「で、ではお手数ですが交番までご同行願えますか……?」


「私は大丈夫であります。あと、そこのバッグがひったくり未遂の証拠品で、被害者はあちらの女性なので事情聴取を。先輩は時間大丈夫でありますか?」


「私も大丈夫だよ~」


あまりにも堂々とした態度のくるみちゃんと私の態度に困惑する警察官。そりゃそうだよ。見るからに新人さんだもん。こんなイレギュラーに巻き込まれるなんて可哀想に。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「では、彼女がひったくり犯を捕らえるために拘束しようとしたら凶器を出されて、それをあなたが助けに入った、と……」


「大体そんな感じですね」


「危ないでしょう!?なんでそんなことしたんですか!?」


状況説明をしたら怒られた。理不尽だ。いや、当たり前か。


「とりあえず私たちから言えることはこれくらいなんで、高畑署長に電話繋いでもらえますか?」


「……何故?」


「我々、高畑しゃ……署長の知り合いでありまして。今回の件の扱いについて話しておきたいのであります。多分名前出せばすぐに対応してくれると思うであります」


彼の「何故?」には恐らく「何故署長の名を?」とか「何故唐突に?」とか色々な疑問が混じっていたと思われるが、言う通りに無線で亀月署に連絡してくれる。有難い。


「署長が、今すぐ代われとのことで……えーと、深山さん」


「こいつら何者だ?」とその表情が如実に訴えかけてくる巡査さん。そりゃそうなるよ。警察署長の知り合いで、名前を出すや否やすぐに出てくれるなんて聞いたことがないだろう。


「もしもし~」


「また君か!!!!」


「うおっ」


無線から高畑社長の怒鳴り声が聞こえてくる。あまりにも叫びすぎてノイズがすごい。


「どうして君はこんなにも事件に巻き込まれるんだ!!しかも毎回毎回人目に付くような場所で!!内々に処理する私の身にもなってくれ!!どうぞ!!」


「いや、今回はうちの後輩……っていうかあんたの元部下が最初に騒ぎ起こしたんですよ!?私はそれを助けただけなんですけど!?どうぞ!!」


「君が外出するから事件が起きるんだ!!引きこもってろ!!どうぞぉ!!」


「理不尽だ!!!」



その後、しっかり後処理をしてくれた署長。SNSに挙げられた関連動画を裏から手を回して消して、ネットニュースも消して、マスコミにも手を回して記事にならないようにして。結果的に、私たちが大きく取り上げられることは一切なかった。


それでいいのか警察署長!

ていうかすごいな警察署長!!


あ、ちなみに帰ってからお母さんにも怒られたよ。うん。

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